個人で会社を買うときに必要なお金の全体像

スモールM&Aで個人が会社を買おうとするとき、多くの人が最初に見るのは「譲渡希望価格」です。しかし、実際に用意すべきお金は譲渡価格だけではありません。「譲渡価格さえ用意できれば買える」という思い込みが、取得後の資金不足を招く典型的な原因です。まず、必要なお金を3つに分けて全体像をつかみましょう。

譲渡価格以外にかかる3種類のお金

必要なお金は、払う時期と性質で次の3つに分けると整理しやすくなります。

区分主な項目払う時期
① 譲渡価格株式や事業の対価として売り手に払うお金決済時(分割の場合は決済後も)
② 実行前の費用プラットフォーム利用料、DD(買収前の調査)を専門家に頼む費用、契約書の作成・確認の費用、役員変更などの登記費用契約前〜決済直後
③ 取得後の資金運転資金(仕入れ・人件費・家賃の立て替え分)、引継ぎ期間の生活費、設備の更新や修繕、看板やシステムの切り替え決済後〜数か月

①は案件ごとに決まる金額ですが、②と③は買い手の進め方と生活の状況で変わります。プラットフォーム利用料や仲介手数料の仕組みは、M&Aの手数料の種類と相場を整理した記事で詳しく説明しています。

③の生活費は、個人の買い手ならではの項目です。会社員を辞めて買うのか、副業として買うのかで見込みが大きく変わります。辞めて買う場合、引継ぎ期間は前職の給与が途絶え、買った会社から十分な報酬をすぐ取れるとも限りません。副業で買う場合は給与で生活費を賄えますが、代わりに現場に割ける時間が限られ、人を雇う費用が増えることがあります。どちらにしても、数か月分の生活費を資金計画の中に書き込んでおく必要があります。

取り返しがつく費用と、つきにくい費用

3種類のお金のうち、見落としたときの影響は同じではありません。

  • ②実行前の費用:見落としていても、請求が来るのは取得前です。気づいた時点で資金を手当てするか、計画を見直すか、最悪の場合は取得をやめることもできます。
  • ③取得後の資金:見落としに気づくのは、会社を引き受けた後です。給与の支払日や家賃の引き落としは待ってくれず、やめるという選択肢もすでにありません。

M&Acompassの実務の視点

M&Acompassでは、「特にこの費用が見落とされやすい」という項目があるとは考えていません。それよりも、見落としたときに取り返しがつくかどうかで、注意の重みを変えています。DD費用やプラットフォーム利用料は、万が一見落としても取得前に気づけるので、まだ取り返しがつきます。一方、取得後の運転資金や生活費を見落とすと、会社を引き受けた後に資金が尽き、取り返しがつきにくくなります。だからこそ、取得後の資金は譲渡価格より先に見積もるよう、買い手にお伝えしています。

対策はシンプルです。資金計画を作るときは、③取得後の資金を最初に書き出し、次に②実行前の費用を足し、その残りで出せる①譲渡価格の上限を考えます。順番を逆にすると、譲渡価格に手持ちの資金を使い切り、取得後の運転資金が残らない計画になりがちです。次の見出しからは、この3つをどう融資と自己資金で賄うかを順に見ていきます。

自己資金はいくら必要か|目安の考え方

自己資金(借入ではなく、自分で用意するお金)の目安は、「いくらあれば融資が通るか」から考えると失敗しやすくなります。先に扱う価格帯をつかみ、次に取得後に手元に残すお金から逆算する順番で考えます。

スモールM&Aの価格帯の目安

個人の買い手が扱う案件の多くは、数百万円から数千万円の価格帯です。M&Acompassが評価した案件の譲渡希望価格の中央値は、業種によって次のように分かれています(2026年9月時点・累計122件の評価に基づく)。

業種譲渡希望価格の中央値
美容・理容300万円
教育サービス350万円
IT・Web・SaaS360万円
飲食店・食品1,150万円

これは売り手の希望価格であり、成約した価格ではありません。同じ業種でも、店舗の有無や従業員の人数で価格は大きく変わります。希望価格が利益に見合っているかどうかの見方は、M&Aの相場は利益の何倍?年買法と小さな会社の価格の見方・交渉で説明しています。この記事では、その価格を前提に、お金をどう集めるかに絞ります。

自己資金の目安を決める2つの順番

自己資金の目安は、次の順番で決めます。

  1. 取得後に手元に残すお金(会社の運転資金と、引継ぎ期間の自分の生活費)を先に確保する
  2. 残った額のうち、譲渡価格と実行前の費用に充てられる額を自己資金とする

順番が逆になると、譲渡価格に合わせて自己資金を使い切り、取得後の資金が薄くなります。手元に残す額の決め方は、後の「資金計画の作り方」で架空の例を使って示します。

なお、融資には「自己資金が何割必要」という目安を耳にしますが、割合の扱いは金融機関や案件によって異なり、一律の数字では決まりません。自己資金の割合は、金融機関に相談する段階で確認するものと考えてください。

全額自己資金にしないほうがよい場合

譲渡価格が数百万円で、自己資金だけで払える案件もあります。その場合でも、全額を自己資金で出すと、取得後の運転資金や予想外の支出に備えるお金が薄くなります。

次のような場合は、自己資金で買える案件でも融資を組み合わせる選択肢を検討します。

  • 自己資金の大半が譲渡価格で消え、取得後に残るお金が運転資金の数か月分に満たない
  • 引継ぎ期間中、自分の収入が一時的に減る見込みがある
  • 設備の更新や修繕が、取得後すぐに必要になりそうである

融資を組み合わせれば返済の負担は生まれますが、手元のお金が厚くなり、取得後の予想外に対応しやすくなります。返済額が会社の利益で無理なくまかなえるかを、資金計画の段階で確かめておきます。

スモールM&Aで使える融資の種類

個人が会社や事業を買うときの借入先は、大きく三つに分かれます。日本政策金融公庫、信用金庫・地方銀行、そして自治体の制度融資です。対象や審査の進め方がそれぞれ違うため、特徴を押さえたうえで相談先を選びます。

日本政策金融公庫の融資

日本政策金融公庫(以下、公庫)は、政府が出資する金融機関で、小さな事業者や創業者への融資を担っています。事業承継やM&Aに使える制度として「事業承継・集約・活性化支援資金」があり、他社の事業や株式を取得する人も対象に含まれます。

項目考え方
対象事業承継やM&Aで事業・株式を取得する個人や法人
融資限度額制度ごとに上限があり、国民生活事業と中小企業事業で異なる
返済期間設備資金と運転資金で上限が分かれ、据置期間を設けられる場合がある
金利基準利率のほか、要件を満たすと特別利率が適用される場合がある

また、公庫では、事業の譲受に必要な資金の融資も申し込めます(審査の結果、希望に沿えないこともあります)。事業を引き継ぐ方向けには、上で触れた「事業承継・集約・活性化支援資金」などの制度もあります。どの制度が使えるかは、申し込みの前に公庫の窓口で確かめてください。限度額や金利は時点によって変わるので、公庫の公式サイトで最新の条件も確かめておきましょう。

信用金庫・地方銀行・制度融資

地域の金融機関の融資は、大きく次の二つに分かれます。

  • プロパー融資:金融機関が自らの判断と責任で貸し出す融資です。実績のない個人には扱いが慎重になりやすい一方、条件は金融機関ごとの判断で決まります。
  • 信用保証協会付き融資:信用保証協会が返済を保証することで、金融機関が貸しやすくなる仕組みです。借り手は保証料を負担します。

これに加えて、都道府県や市区町村の制度融資があります。自治体・金融機関・信用保証協会が連携して実施する仕組みで、利子や保証料の一部を自治体が補助する場合も多くあります。事業承継向けの枠を設けている自治体もあるので、対象会社の所在地の制度を調べてみてください。

地域の金融機関は、対象会社の既存の取引先であることも少なくありません。その場合、会社の内情を知っているぶん話が早いこともあれば、売り手の既存借入の扱いが同時に論点になることもあります。

なお、株式譲渡か事業譲渡かで、借入の主体と担保の考え方が変わります。株式譲渡では買い手個人が株式を買うため、借入は個人名義になりやすく、会社の資産を担保に入れにくい傾向があります。会社に残る既存借入と売り手の個人保証をどう引き継ぐかも、交渉の論点になります。事業譲渡では、買い手が個人のまま(個人事業として)事業を引き継ぐ場合もあれば、新しく設立した会社で引き継ぐ場合もあります。借入の主体は、その引き継ぐ側(個人または会社)になります。どちらの形が自分の資金計画に合うかは、融資の相談先と早めにすり合わせるとよいでしょう。

補助金は「後から戻るお金」と考える

中小企業庁の「事業承継・M&A補助金」のように、M&Aに関する費用の一部を補助する制度があります。ただし、補助金は資金集めの主軸にはなりません。理由は次の三つです。

  1. 公募期間が限られ、採択されるとは限らない
  2. 原則として、費用を自分で払った後に実績を報告し、その後に入金される
  3. 補助の対象は専門家費用などに限られ、譲渡代金そのものは対象外になることが多い

つまり、補助金は「使った費用の一部が後から戻る可能性があるお金」です。自己資金や融資で全体をまかなえる計画を先に作り、補助金は上乗せとして考えてください。

融資の審査で見られる点|通らない・減額される理由

融資が通らない、あるいは希望額より減らされる場面には共通点があります。多くの個人の買い手は「買う会社の良さ」の説明に力を入れますが、審査ではそれと並んで、申し込む個人の属性も重く見られます。

事業の中身と同じくらい「個人の属性」が見られる

審査では、取得する事業の内容や案件の良し悪しも、当然に重要な判断材料です。ただし実務の経験則では、申し込む個人の属性が、それと同等かそれ以上に融資判断へ影響していると感じます。具体的には、個人としての借入の状況、資産の状況、収入の状況です。

見られやすい点確認のされ方の例
既存の借入住宅ローン、自動車ローン、カードローンやリボ払いの残高と返済状況
資産(自己資金)預貯金の残高に加え、どのように貯めてきたかの形成過程
収入現在の収入額と、その安定性・継続性

既存の借入については、金融機関が信用情報機関に照会し、延滞などの記録を確認します。自己資金は、残高だけでなく通帳の動きで形成過程を見られることがあります。直前に親族から振り込まれたお金は、自己資金と見なされにくい場合があります。

同業での経験や管理職・経営の経験、事業計画の説得力も見られます。案件の中身とあわせて、実務の感覚では個人の属性も同等かそれ以上の比重で判断されていると感じます。

M&Acompassの実務の視点

M&Acompassが見てきた範囲では、融資の可否や金額は、案件の良し悪しに加えて「誰が借りるか」が同等かそれ以上に影響していると考えています。案件の内容が堅実でも、個人の借入が多い、収入が不安定といった理由で減額される例があります。案件を探し始めた段階で、金融機関の目線で自分の属性を棚卸ししておくことを勧めています。

属性面で準備しておくこと

申し込みの前に、次の3点を整えておくと説明がしやすくなります。

  • 個人の借入を整理する:カードローンやリボ払いなど、金利の高い借入は可能な範囲で返済しておきます。住宅ローンは無理に減らす必要はありませんが、返済の遅れがないことを確認します。
  • 自己資金の出どころを説明できるようにする:給与からの積み立てであれば、通帳の履歴で示せます。親族からの援助がある場合は、贈与か借入かをはっきりさせ、書面を用意します。
  • 収入の証明を準備する:会社員なら源泉徴収票、個人事業主なら確定申告書の控えを直近数年分そろえます。

事業計画は、引き継ぐ事業の過去の実績をもとに、返済額を無理なく賄えることを示す形が説明しやすいです。

減額されたときの選択肢

希望額に届かない回答が出ても、取れる手は複数あります。それぞれリスクと対策を併せて考えます。

選択肢リスク対策
自己資金を上乗せする手元の資金が薄くなり、取得後の運転資金に響く運転資金と生活費を先に確保し、残りの範囲で上乗せする
価格や支払条件を再交渉する売り手の信頼を損ない、話が止まることがある融資回答という客観的な事情を伝え、分割払いなど売り手にも利点のある形を示す
別の金融機関に相談する審査に時間がかかり、日程が延びる最初から複数の候補に目星をつけておき、売り手に状況を共有する

あわせて、基本合意や最終契約の段階で、融資が実行されなかった場合の扱いを定めておくと、減額や否決が出たときの損失を抑えられます。融資の見込みが不確かなまま契約を急がないことが、最も確実な備えです。

融資はいつ動き始めるか|申し込みのタイミングと日程

融資は、決済日(譲渡代金を支払う日)までに実行されていなければ意味がありません。個人M&Aの流れは「案件探し→意向表明→基本合意→DD→最終契約→決済」と進みます。この流れの中に、融資の動きを時系列で置いておくことが日程管理の第一歩です。流れそのものの詳しい説明は個人で会社を買う方法|個人M&Aの流れ・期間・準備を一つに整理をご覧ください。

意向表明の前・後・基本合意の後でやること

段階融資に関してやること
案件探し〜意向表明の前申し込む金融機関の目星をつける(公庫の窓口、取引のある信用金庫など)
意向表明の後金融機関に相談を始める。案件の概要と自分の資金状況を伝える
基本合意の後本格的な相談と申し込みを進める
DD〜最終契約審査の結果を踏まえ、必要なら契約条件を調整する
決済融資の実行を受けて代金を支払う

意向表明の前は、まだ買えるかどうか分からない段階です。この時点では申し込みまで進めず、「どこに相談するか」を決めておくだけで足ります。意向表明が受け入れられたら相談を始め、基本合意を結んだあとに本格的な相談と申し込みに入るのが実務上の進め方です。

申し込みには、事業計画書や対象会社の決算書などの提出が一般に求められます。対象会社の資料は売り手の協力がないと揃わないため、基本合意の後に本格化させるほうが自然です。

公庫と信金・地銀で日程の余裕が変わる

個人の買い手の借入先は、日本政策金融公庫になることが多いのが実情です。公庫は借入申込から融資が決まるまでの日数の目安を公式サイトの「よくあるご質問」で案内しています。一方、信用金庫や地方銀行は審査に時間がかかったり、希望額どおりの回答(満額回答)が出なかったりすることがあります。公庫以外を使う予定なら、減額に備えた自己資金の余裕と、審査待ちを見込んだ日程の余裕を両方取っておくと安全です。

M&Acompassの実務の視点

金融機関への相談が遅れたことで、最終契約から決済までが延びた例には、あまり出会ったことがありません。個人の買い手の多くが公庫を使いますが、公庫は審査期間や金利が比較的低く、見てきた範囲では融資も比較的通りやすかったためです。もちろん、公庫でも審査の結果、希望に沿えないことはあります。また、これは公庫を使う前提での話です。信用金庫や地銀を使うなら、審査に時間がかかることや満額回答が出ないことを織り込み、余裕を持った日程を組むことを勧めています。

融資を条件にする契約の工夫

融資の結果が出る前に最終契約を結ぶ場合は、「融資が下りることを条件とする」条項を入れる選択肢があります。融資が通らなかったときに契約を解除できる取り決めで、買い手を守る工夫です。ただし売り手から見れば、契約しても決済に至らないおそれが残るため、受け入れられないこともあります。入れたい場合は、申し込みの状況や審査の見通しを売り手に伝えたうえで交渉してください。条項の書き方や注意点は、契約書の記事で詳しく説明します。

融資以外の資金の工夫|分割払い・アーンアウト・退職金

融資だけでは譲渡価格に届かないとき、譲渡代金の「払い方」を工夫する方法があります。ここでは個人M&Aでよく検討される3つを取り上げます。いずれも売り手や金融機関の合意が要る点が共通しています。

分割払い・アーンアウトは「売り手の納得」が前提

分割払いとは、譲渡代金の一部を決済の後に分けて払うことです(譲渡代金の後払い)。アーンアウトとは、取得後の業績に応じて追加の代金を払う取り決めです。どちらも個人M&Aでよく検討され、実際に使われている工夫です。

ただし、買い手には手元資金を減らせるメリットがある一方で、売り手にはメリットがないケースが多くあります。売り手から見れば、代金を受け取る時期が遅れ、受け取れない危険も背負うからです。売り手も納得できる条件を、最初から組み込んで提案する必要があります。

決めておく条件考え方の例
支払いの期間と回数短めにし、回数と期日を明確にする
金利相当分待ってもらう分の上乗せを検討する
担保や保証未払いに備え、売り手の安心材料を用意する
払えなかったときの扱い遅延時の対応や株式の扱いを決めておく
アーンアウトの指標売上か利益か、誰がどう計算するかを決める

M&Acompassの実務の視点

分割払いやアーンアウトは、買い手の都合だけで持ち出すと交渉が止まりやすい工夫です。「なぜ売り手にとっても損ではないのか」を説明できる形にしてから提案します。たとえば、売り手が引継ぎに関わる期間とアーンアウトの期間を重ねると、売り手も業績に手を打てるため納得を得やすくなります。条件は口頭で済ませず、最終契約書に書き込みます。

退職金を使うスキームの注意点

売り手である経営者に会社から退職金を払い、その分だけ譲渡価格を下げる方法もよく検討されます。買い手が用意する資金は減りますが、注意点が2つあります。

  • 退職金の分だけ、対象会社に現預金が必要です。会社の手元資金を使うので、取得後の運転資金が減ります
  • 退職金の金額などは会社が任意に決められますが、会社の経費(損金)として認められるかには税務上の条件があり、不相当に高額な部分は損金に算入されないなど、金額や支払い方で扱いが変わります

財務と税務の両面から慎重に検討したうえで実行する必要があります。個別の判断は、税理士などの専門家に相談してください。

売り手の個人保証と金融機関の調整

個人保証(経営者保証)とは、会社の借入を経営者が個人で保証することです。株式譲渡では会社の借入がそのまま残るため、売り手の保証をどう外すかが論点になります。

「経営者保証に関するガイドライン」の事業承継時の特則では、前の経営者と後継者の両方から保証を取ること(二重徴求)は原則として行わない、という考え方が示されています。ただし、保証を外すか、買い手が引き継ぐかは金融機関の判断です。意向表明の前後から、対象会社の借入先に方針を確認しておくと安全です。保証の扱いは契約の条件にも関わるので、弁護士など専門家にも確認してください。

自己資金で買える小さな案件でも調査を省かない

「安いから簡単でよい」が危ない理由

譲渡価格が自己資金の範囲に収まる案件では、「融資は不要だから、調査も簡単でよい」と考える買い手がいます。この考え方は危険です。会社や事業を買う以上、将来の予測まで含めてすべてを把握することはできません。一定のリスクは許容するしかありませんが、だからこそ、どのような案件でも調査は徹底的に行うべきです。調査の粒度や解像度が、M&Aの成否を決めると言っても過言ではありません。ほとんど調査をせずに実行するのは宝くじを買うようなもので、成否を運に任せる行為です。

調査をどこまで行うかは、価格の大小で決めません。基準は「取得後に取り返しのつかない予想外が残っていないか」です。価格が小さくても、簿外の債務や主要取引先の離反、許認可の不備があれば、立て直しに使うお金と時間は価格とは無関係に発生します。

進め方は、次の二段階で考えると整理しやすくなります。

  • 自分で調べて分かったことと、調べても分からなかった論点を書き出す
  • 分からなかった論点について、専門家に調査を依頼する

調査の種類や費用、期間の目安は個人M&Aにデューデリジェンス(DD)は必要? 種類・費用・期間で詳しく説明しています。

調査費用は資金計画に最初から入れる

自己資金で買う案件では、「譲渡価格=必要なお金」と考えがちです。専門家への調査費用は譲渡価格とは別に、しかも取得前に支払うお金です。資金計画を作る段階で、譲渡価格と並べて調査費用の枠を確保しておきましょう。費用を惜しんで調査を省くと、取得後に見つかった問題への対応費用のほうが大きくなることがあります。

融資を使う場合は、金融機関から事業計画書などの提出を求められます。この過程で事業の中身を言葉にして説明することになり、自分が何を分かっていて何を分かっていないかが見えてきます。融資を使わない買い手には、この「他人に説明する機会」がありません。第三者に説明できるかどうかを、調査の整理の目安として意識してください。

M&Acompassの実務の視点

「自己資金だけで買えるから、調査は簡単でよい」という考えを、M&Acompassは勧めません。価格が小さい案件ほど、買い手が自分で決算書や契約を読み込み、分からない論点だけを専門家に依頼する進め方が現実的です。費用を抑えたいなら、調査をやめるのではなく、自分で調べる範囲を広げて専門家に頼む範囲を絞る方向で考えてください。

資金計画の作り方|架空の例で見る必要額の出し方

資金計画は、譲渡価格だけでなく、実行前の費用と取得後のお金まで含めて一枚にまとめます。ここでは架空の例で、必要額の出し方と自己資金・融資への割り振りを見ていきます。

架空の例:必要額と資金の割り振り

架空の例

会社員のAさんが、譲渡価格600万円の小さな店舗を株式譲渡で引き継ぐ場合です。月の固定費(家賃・人件費・光熱費など)は80万円とします。

項目金額(架空)考え方
譲渡価格600万円売り手との合意額
実行前の費用(調査・専門家・登記など)100万円決済前に支払う
取得後の運転資金240万円月の固定費80万円×3か月分と置いた
引継ぎ期間の生活費120万円会社から報酬を取れない期間を見込む
合計1,060万円

この例では、自己資金300万円を実行前の費用と生活費に充て、残り760万円を融資で賄う組み立てにしました。運転資金を何か月分にするかは、業種や入金までの期間で変わるため、決まった答えはありません。売掛金の回収が遅い事業なら長めに、現金商売なら短めに置く、という考え方になります。

事業計画書と提出書類の準備

融資の相談では、事業計画書と、個人の属性に関する資料の2種類を用意します。計画書に書く内容は、おおむね次のとおりです。

  • 事業の概要と、取得する理由
  • 引継ぎの方法(売り手の関与期間、従業員・取引先への説明)
  • 取得後の収支見込み
  • 返済計画(返済原資をどこから出すか)

個人の資料としては、公庫の案内で面談時に準備するとされる「資産・負債がわかる書類」として、源泉徴収票や確定申告書、通帳、既存の借入の明細などを求められるのが一般的です。会社員を続けながら買うなら、給与を生活費と返済原資の一部として説明できます。退職して買うなら、会社からの報酬が生活費の柱になるため、報酬をいつから、いくら取れるかを計画に明記します。

売上が落ちた場合の耐久力を確かめる

計画の数字は、売り手の実績をそのまま置かず、保守的に見積もります。たとえば売上が1〜2割落ちた場合に、返済と生活が続くかを別の列で試算してください。耐えられないなら、融資額を減らすのではなく、運転資金の積み増しや譲渡価格の交渉を検討します。苦しくなった時に手元資金がないと選択肢が狭まるため、余裕は先に確保しておく方が安全です。

参考にした資料