業種別レポートIT・Web・SaaS

IT・Web・SaaS M&Aの案件評価9件を評価してわかった判断基準と価格の見方

集計時点 2026.09M&Acompass 案件評価チーム

IT・Web・SaaSは、M&Acompassがこれまでに評価した122件のうち9件で、22業種のなかでは5位タイです。特徴は評価の偏り方にあります。9件中5件がC評価で、C比率は全22業種で最も高く、一方でD評価はひとつもありません。検討する価値がないのではなく、検討は進められるが確認すべき点が多い案件が半数を超えている、というのが実態です。

評価した案件数
9件
全122件中/22業種で5位タイ
譲渡希望価格の中央値
360万円
最小69万円〜最大2,000万円
個人向けの目安(営業利益2〜3年分)に収まった案件
0件
倍率を算出できた7件中

※2026年9月時点・累計122件の評価に基づく。譲渡希望価格は「250万円以下」とだけ記載された1件を除く8件で集計。

IT・Web・SaaS 9件の評価内訳
B+
B−
C
  • A = 0件優良
  • B+ = 3件検討可
  • B− = 1件条件次第
  • C = 5件割高
  • D = 0件非推奨

評価の分布

C評価が半数を超える一方、D評価はありません。中身のない案件が並んでいるのではなく、判断材料が足りない案件が並んでいます。

価格の見方

個人と法人では目安が違う

価格の目安としてよく使われるのが、営業利益の何年分かという物差しです。法人どうしのM&Aでは営業利益の3〜5年分が目安とされます。個人が買う場合は、営業利益の2〜3年分を目安に、より保守的に考えることを当社では勧めています。

理由は、失敗したときの逃げ場の有無です。個人は買った1社が事業のすべてになり、想定より利益が出なかったときに埋め合わせる手段がありません。法人は複数事業のひとつとして取得でき、うまくいかなければ人材を投入して立て直せます。リスク許容度が低いぶん取得価格は抑えるべき、というのが当社の見解です。

実際の分布

営業利益と譲渡希望価格の両方がわかる7件について、価格が営業利益の何年分かを計算しました。

図1|譲渡希望価格は営業利益の何年分か(n=7)
個人M&Aでは営業利益の2〜3年分、法人間M&Aでは3〜5年分が目安。網掛けの行が個人向けの目安の範囲
2年分未満
個人向けの目安より安い
5件
2〜3年分個人向け目安
個人が買うのに妥当
0件
3〜5年分法人間目安
法人なら妥当、個人には割高
0件
5年分超
法人基準でも割高
2件
複数区分にまたがる
0件
算出できず
営業利益が赤字1件、価格が「250万円以下」とだけ記載された1件
2件

※9件中8件は営業利益が「0円〜500万円」というレンジ開示で、下限が0円のため上限側でしか計算できません。表の倍率は営業利益を500万円と最大に見積もった場合の数字で、実際がそれより低ければ倍率は大きくなります。

何を意味するか

目安の2〜3年分に収まった案件はありませんでした。7件中5件が2年分未満に寄り、残り2件が5年分超という両端の分布です。

2年分未満に寄るのは、案件の多くが小さいためです。9件中6件は売上が0円〜500万円で、譲渡希望価格も69万円、150万円、320万円、400万円と副業規模が並びます。安いこと自体は問題ではありませんが、上の注記のとおりその倍率は営業利益を最大に見積もった数字で、実際が数十万円なら69万円の案件でも1年分では済みません。

価格の作られ方が違う案件も目立ちます。推し活アプリ(C評価・2,000万円)は根拠を「当アプリの開発にかかった投資額を基に算出」としており、営業利益は赤字。ビジネス系マッチングプラットフォーム(C評価・320万円)も「投資額(開発費、広告費)と売り上げを基に算出」としたうえで「投資額に見合った売上は出ておりません」と自ら記載し、生成AIメディア(B−評価・150万円)は「1〜2年後の売上を想定して価格設定」と明記しています。過去の利益ではなく、使った費用か将来の見込みに値段がついています。

値付けが不合理なのではありません。ただ買い手にとっての価値は開発費ではなく、そのサイトが今いくら稼いでいるかで決まります。掲載価格をそのまま受け入れる必要はありません。営業利益の2〜3年分で計算し直し、差があればその理由を確認する、という順序になります。

価格帯と規模

図2|譲渡希望価格の分布(n=9)
〜500万円
5件
500万〜1,000万円
2件
1,000万〜3,000万円
1件
3,000万〜1億円
0件
1億円超
0件
価格帯を判定できず
1件

500万円以下が5件で、自己資金だけで手が届く価格帯が中心です。判定できない1件は「250万円以下」とだけ記載され、下限がわからない案件でした。

売上は0円〜500万円が6件、1,000万〜2,500万円が3件。営業利益は0円〜500万円が8件、赤字が1件。従業員数は社員なし4件、5人以下3件、未詳2件で、人を引き継げる案件はほとんどなく買い手が自分で手を動かす前提になります。スキームは事業譲渡6件、応相談2件、株式譲渡1件でした。

必ず確認すべき4つのこと

1買い手自身の知識と経験が前提になっていないか

最も繰り返し出てきた論点です。社員なしが4件、5人以下が3件で、現場を任せられる人が譲渡対象にほとんど含まれません。

コンテンツマーケティング事業(B+評価)は「営業窓口、ディレクションのみ社内対応。1名で対応可能」とされていますが、評価では営業もディレクションも一定の専門知識を要し、素人が独力で引き継ぐのは難しいと指摘しました。ホームページ制作事業(B+評価)も、WEB制作やディレクションを自分で行う必要があり、経験がない人には取り組みにくいと判断。マッチングプラットフォーム(C評価)に至っては、一定の知見がある人でないと検討自体が難しいとしました。

裏を返せば、その領域の経験がある買い手には取り組みやすい業種です。自分の経験が事業内容と重なるかが、他業種以上に結果を左右します。

2価格が開発費の回収額になっていないか

上で触れた3件のほか、万年筆の買取サイト(B+評価・400万円)のように収益から価格が組まれた案件もあります。違いは希望金額の根拠欄で判別できます。「開発にかかった投資額」「1〜2年後の売上を想定」といった記載があれば、その価格は過去の実績とは別の理屈で作られています。直近の営業利益から2〜3年分を計算し、差額が何によって説明されるのかを売主に確認するのが出発点です。

3譲渡対象に何が含まれるか

無形資産が中心のため、何を買うのかが曖昧になりやすい業種です。

富山県のIT事業(C評価)は譲渡対象資産が「ノウハウ」だけと記載されていました。何を引き継げるのかイメージできない、顧客基盤や従業員を含め必要な資産を引き継げるかの確認が必要、というのがC評価の主な理由です。求人サービス(C評価)はスキームが株式譲渡でありながら従業員数が未詳で、実質的にはシステムのみの譲渡になる可能性を指摘しました。対して生成AIメディア(B−評価)は、1万件以上のデータが入ったスプレッドシートと情報を自動取得するコードが譲渡対象と具体的に示されています。

ドメイン、ソースコード、広告アカウント、SNSアカウント、顧客リスト、外注先との関係。どれが含まれるかを一覧で確認するのが確実です。

4サービスが今も動いているか、保守を誰が担うか

求人サービス(C評価)は、掲載時点でサービスの運営を停止していました。過去に2万人程度の利用者がいたという実績は残りますが、買い手は再稼働から始めることになります。

稼働中の案件でも保守と追加開発は残ります。推し活アプリ(C評価)では独自規格の3Dキャラクターを含むアプリの保守運用と開発をどう進めるか、マッチングプラットフォーム(C評価)では継続的なシステム保守と追加開発の可能性を注意点に挙げました。後者は売主自身が「Google広告・SNS広告・ブログ運営など集客作業にかなりのリソースを割かれる」と記載しています。

外注するなら年間いくらかかるのか。その費用を営業利益から引いたうえで、あらためて倍率を計算し直すことになります。

価格が妥当かどうかの判断

営業利益が出ている場合は年買法(営業利益の数年分で目安を出す方法)で計算します。7件で計算でき、目安に収まったものはありませんでした。倍率が外れていたらその理由を確認する、という使い方になります。計算手順は年買法の解説記事にまとめています。

赤字・損益なしの場合は年買法が使えません。純資産の水準か、同じものをゼロから始める費用との比較で見ます。この業種では後者が使いやすく、推し活アプリ(C評価)なら同等のアプリを開発会社に発注したらいくらかかるか、という比べ方になります。ただし開発費と同額を払う理由にはなりません。芸能事務所との連携やコアユーザーのように、ゼロから作っても手に入らないものに値段をつけられるかが分かれ目です。

借入金がある場合は、実質的な取得コストが価格+借入額になります。この業種で記載があった5件はいずれも「なし」、残る4件は未記載でした。事業譲渡が6件を占め借入は原則として売主に残るため価格判断は成立しますが、株式譲渡と応相談の3件は借入の有無を最初の確認事項にしてください。

情報開示の状況

図3|主要項目の開示状況(n=9)
  • 記載あり
  • 非公開・不明
  • 未記載
役員報酬総額
減価償却費
金融借入金・有利子負債
純資産

役員報酬が判明したのは9件中1件だけでした。ただしこの業種は副業規模のサイトやサービスが多く、そもそも報酬を取っていない形が珍しくありません。

より重要なのは、営業利益が8件とも「0円〜500万円」というレンジでしか開示されていないことです。0円と500万円では価格の妥当性がまったく変わります。この業種で最初に取りに行くべき数字は、役員報酬ではなく営業利益の実額です。それさえ分かれば価格の妥当性はおおよそ判断でき、残りは交渉前の確認リストに入れておけば足ります。

実際の評価事例

B+
最も評価が高かった案件

万年筆の買取サイト(事業譲渡・400万円)

この業種にA評価はありません。B+が3件あり、そのなかで個人買い手にとって最も進めやすいと判断したのが、万年筆の買取と再販を行うサイトです。

A評価がつく案件は、無借金・人が残る・価格が妥当以下・判断に必要な情報が揃っている、の4条件を例外なく満たしています。この案件は借入金なし、価格400万円は営業利益が100万〜200万円出ていれば妥当な水準、そして買取再販で要となる目利きについて売り手から引き継ぎとアドバイスを受けられる可能性がある、とされています。

満たしていないのは「人が残る」で、従業員数は未詳です。買い手自身が仕入れと販売を回すことになりますが、引き継ぎの中身が具体的で価格も収益から説明できる点で、この業種では最も条件が揃っていました。

C
最も評価が低かった案件

国内外国人向けのアルバイト求人サービス(株式譲渡・1,000万〜3,000万円)

この業種にD評価はありません。C評価が5件あり、そのなかで個人買い手にとって越えるべき条件が最も多いと判断したのが、この求人サービスです。

求人作成や応募者一覧といった必要機能は実装済みで、過去に2万人程度の利用者がいたとされています。一方で掲載時点ではサービスの運営を停止しており、財務情報の多くが非公開、従業員数も未詳、スキームは株式譲渡ながら実質的にはシステムのみの譲渡になる可能性がありました。価格も1,000万〜3,000万円と3倍の幅があります。

業績が悪いから低評価という話ではありません。動いていないサービスは、過去の実績と将来予測だけで判断するしかなく、稼働中の事業のように直近の数字で検算する手段がありません。まずサービスが今動いているかを確認するだけで、検討の難易度は大きく変わります。

まとめ

1. 掲載価格は個人買い手を想定していない倍率を算出できた7件のうち、目安2〜3年分に収まったものはありませんでした。5件は2年分未満ですが、その倍率は営業利益を最大に見積もった数字です。残る2件は開発費や将来の売上見込みから価格が作られています。いずれも営業利益の実額を取りに行くところから検討が始まります。

2. 引き継げるのはサイトとコードで、人は引き継げない社員なしと5人以下で7件を占めます。事業を回してきた知識は売主の頭のなかにあり、譲渡対象に含まれるかは案件ごとに違います。自分の経験が事業内容と重なるかが、他業種以上に結果を左右します。

3. 価格の根拠欄を最初に読む「開発にかかった投資額」「1〜2年後の売上を想定」と書かれていれば、その価格は実績とは別の理屈で作られています。根拠が書かれている案件は、その根拠ごと検算できます。

価格の判断に迷ったら

営業利益の実額を取りに行き、保守と集客の外注費を織り込み、譲渡対象に何が含まれるかを一覧で確認する。ここまでの内容は、やってみると手間のかかる作業です。

1案件あたり、倍率を算出し、価格の根拠欄を読み解き、ドメインやアカウント類の引き継ぎ範囲を確かめる。数時間かかることも珍しくなく、複数を比較するとここが最大のボトルネックになります。

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価格の判断に迷ったら

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