会社を0円で譲渡するとはどういうことか|贈与と備忘価格の関係

会社の0円譲渡とは、株式や事業を、対価を受け取らずに買い手へ引き渡すことです。売り手にとっては「お金にならなくても、会社や従業員を残したい」という選択ですが、対価がないこと自体が新しい論点を生みます。まず、似ているようで違う「備忘価格」との関係から整理します。

0円譲渡と備忘価格の違い

備忘価格とは、1円や1万円など、形式的に付ける少額の価格のことです。実質的にはほぼ無償でも、契約の形としては「売買」になります。

0円譲渡備忘価格での売却
対価なし形式的な少額
契約の形無償の譲渡(贈与に近い)売買
税務の論点増えやすい比較的整理しやすい

なぜ実務では備忘価格を勧めるのか

対価のない譲渡は、税務上は贈与として扱われ、受け取る側に贈与税などの論点が生じる可能性があります。会社の株式や事業には、帳簿上の数字とは別に「時価」があるためです。また、備忘価格を付けても、時価より著しく低い価格なら同じ論点が残ることがあります。税の扱いは会社の状態や当事者が個人か法人かで変わるため、具体的な判断は税理士などの専門家に相談してください。

M&Acompassの実務の視点

0円譲渡は贈与との兼ね合いが出て論点が増えかねないため、M&Acompassでは通常、備忘価格を付けての売却を勧めています。ただし一律ではありません。まず「なぜ0円を希望するのか」という理由と、会社の状況を確認します。そのうえで0円譲渡が適切であれば、0円で進める支援をすることもあります。反対に、理由や状況によっては廃業を勧める可能性もゼロではありません。しかし、M&Aを検討している売り手に対して、廃業を勧めるに至る合理的で納得できる理由があることは、ほとんどありません。

0円譲渡が適切なケースの考え方

大事なのは「0円かどうか」より、「なぜ0円なのか」を自分の言葉で説明できることです。負債が純資産を上回っている、早く引き継ぎたい、価格より雇用や取引先の継続を優先したい、など理由はさまざまです。理由がはっきりすれば、0円・備忘価格・価格を付けての売却のどれが合うかを、専門家と一緒に選べます。

なお、買い手は0円譲渡を「お得」とは見ていません。負債や引き継ぎの負担を含めて検討しています。買い手がどう見極めているかは、0円で会社を買う方法|0円譲渡の実態と見極め方で解説しています。売り手として買い手の目線を知っておくと、次の見出しで扱う「0円でも決まりにくい会社」の理由も理解しやすくなります。

0円でも買い手が決まりにくい会社の共通点

「0円なら、すぐに誰かが引き取ってくれる」と考える売り手は少なくありません。しかし、価格が0円でも買い手が決まらない会社はあります。買い手が見ているのは値段ではなく、引き継いだ後に自分が負うものと得られるもののつり合いだからです。

リスクとリターンが見合わない状態とは

買い手が決まりにくい会社に共通するのは、リスクとリターンが見合っていないことです。会社ごと譲る株式譲渡では、価格が0円でも借入金や保証、契約はそのまま買い手に引き継がれます。利益が小さいのに負債が大きければ、買い手には「0円で借金を引き受ける話」に見えてしまいます。

架空の例

売上は数千万円で、年間の営業利益(本業のもうけ)は数百万円。一方で純有利子負債(借入金から現預金を引いた額)は数千万円から1億円を超え、売上は毎年減っている。この状態では、価格を0円にしても買い手はなかなか決まりません。利益で負債を返すのに何年もかかるうえ、売上の減少が続けば返済そのものが危うくなるからです。

買い手が探しているのは、「取得する魅力」と「立て直す方法」のどちらかです。この2つのどちらも見えなければ、価格がいくらであっても、基本的に買い手は付きません。

数字で見る:評価が低くなりやすい案件の傾向

M&Acompassは、2026年9月時点で累計122件の案件をA〜Dで評価しています。業種別に見ると、旅行業・宿泊施設は6件中D評価が2件、不動産は9件中3件、飲食店・食品は22件中4件でした。

この評価は価格の安さで決まるものではなく、引き継いだ後に事業として成り立つかを見ています。価格を下げるだけでは評価は上がらず、低い評価のまま残る案件があることが、この内訳からも分かります。

買い手が「立て直せる」と思える材料を用意する

買い手が検討に進めるよう、譲渡を考え始めた段階で次の3つを早めに進めておきます。

対策具体的にやること
負債の整理返せる借入は先に返す。残る借入・保証・リースを一覧にして全体像を見せる
減少要因の説明売上が減った原因を、「市場の縮小」と「経営者の年齢や営業不足など買い手が変えられること」に分けて説明する
強みの言語化常連客、許認可、技術、取引先など、引き継げば残るものを書き出す

負債が大きいこと自体よりも、全体像が分からないことが買い手を遠ざけます。減少の理由と引き継げる強みを言葉にできれば、「自分なら立て直せる」と考える買い手が現れる余地が生まれます。

0円で譲る前に整理・開示しておくこと|個人保証・負債・リース

0円で譲るからといって、買い手に伝えるべきことが減るわけではありません。理想は、借入金の個人保証、未払いの負債、設備のリース契約などをすべて整理し、開示することです。隠したまま譲渡すると、後で表明保証(契約で「事実に間違いがない」と約束する条項)の違反として、損害賠償を求められる論点になり得ます。0円で譲ったのに、あとから負担だけが残るという結果を避けるためにも、先に整理しておくことが売り手自身の守りになります。

開示すべき項目のチェックリスト

項目確認すること整理の例
借入と保証金融機関からの借入残高、代表者の個人保証の有無返済予定表と保証契約の写しを用意する
負債と未払い買掛金、未払いの税金・社会保険料、未払残業代滞納があれば分納の状況まで示す
リース・契約設備のリース、店舗や事務所の賃貸借、解約条件、代表者の個人保証や連帯保証の有無残期間・残債と名義変更の可否、保証の解除の可否を確認する
許認可事業に必要な許認可、更新時期、引き継げるか事業譲渡では引き継げない許認可もあります
従業員・取引先雇用契約、就業規則、主要取引先との契約や口約束口約束は書面にしておく

個人保証については、借入金に限らずリースなども含めて、金融機関やリース会社など保証先に解除や買い手への切り替えを求めることになります。中小企業団体と金融機関団体の自主的なルールとして「経営者保証に関するガイドライン」があり、事業承継時の扱いを定めた特則もあります。交渉は買い手と足並みをそろえて進めると話が通りやすくなります。

整理が難しい項目があるときの考え方

未払いが多い、リースの残債が大きいなど、すぐに整理できない項目もあります。その場合でも、事情ごと開示したうえで、整理の順序や負担の分け方を買い手と話し合うのが基本です。

M&Acompassの実務の視点

理想を言えば、すべてを整理・開示すべきです。そのうえで、何かしらの理由や事情があるときは、それらを総合的に考えて、開示の仕方や整理の順序を個別に判断していくべきだと考えています。「整理できないから隠す」ではなく、「整理できない理由ごと伝える」が出発点です。

個人事業の場合に見落としやすい点

個人事業では、事業の借入やリースが事業主個人の名義になっていることが多く、会社の譲渡と違って自動的には買い手に移りません。契約ごとに相手方の承諾を得て名義を変える必要があるため、契約の一覧を早めに作っておくと進めやすくなります。また、屋号で結んだ契約や、家計と混ざった借入も見落としやすい点です。売却の全体像は小さな会社・個人事業を売る方法|流れ・相手探し・価格・注意点で整理しています。

価格の代わりに重視すべき条件|0円譲渡の買い手の選び方

0円で譲る場合、売り手は価格で買い手を比べられません。代わりに、どの条件を優先するかを先に決めておく必要があります。重視すべき条件は売り手の希望の優先順位で変わりますが、ここでは売り手個人の立場から考える順番を示します。

最優先は「負債と保証を残さない」こと

売り手個人のことだけを考えるなら、最優先は、譲渡後に借入金やリース債務、その他の債務を含めて、一切の負債や保証が残らない状態にすることです。個人保証(経営者が会社や事業の債務を個人で保証する約束)が外れれば、万が一の債務不履行でも売り手自身が保証する責任はなくなります。ただ、債務が残ったままでは、関係者の理解や納得は得られにくいでしょう。利害関係社との調整をすることも重要です。そのうえで中心になるのは、借入金に限らず、会社や事業に関わるすべての個人保証の解除です。

個人保証の解除は売り手と買い手の合意だけでは決まらず、金融機関やリース会社など、保証を受けている相手の同意が必要です。事業承継のときの個人保証の扱いについては、中小企業団体と金融機関団体の自主的なルールである「経営者保証に関するガイドライン」と、その事業承継時の特則が考え方を示しています。

そのため、買い手を選ぶときは「買い手が金融機関やリース会社などに保証の引継ぎや解除を申し入れること」と、「解除できなかった場合はどうするか」を契約条件に入れておくことが大切です。解除できないまま譲渡すると、会社を手放した後も借入やリースなどの責任だけが残ることになります。

法務・労務の負担を譲渡後に持ち越さない

次に、契約・労務・法務などの権利義務関係について、譲渡後に売り手の対応が不要な状態にすることです。売り手が何かしらの負担を負うことも、基本的には避けるべきです。

注意したいのが表明保証(契約書で「この内容は正しい」と約束する条項)です。約束した内容に誤りがあると、譲渡後に売り手が補償や損害賠償を求められることがあります。0円で譲ったのに後から支払いが生じる、という事態を避けるため、表明保証の範囲や期間、補償の上限は交渉で絞ることを考えます。開示済みの事項は対象から外す、といった形にすることもあります。

M&Acompassの実務の視点

0円譲渡の買い手選びで重視すべき条件は、売り手の希望の優先順位によって変わります。ただ、売り手個人のことだけを考えるなら、すべての個人保証の解除を含めて、一切の負債や保証が残らないようにすることを最優先にすべきだと考えています。そのうえで、権利義務関係などの法務・労務面は、譲渡後に売り手の対応が不要な状態にし、何かしらの負担を負うことも基本的には避けるべきです。雇用や屋号などの希望は、この2つを確保した後に条件として詰めていく順番が、売り手を守りやすいと考えています。

雇用・取引先・屋号などの希望を条件にする方法

従業員の雇用継続、取引先への引継ぎ、屋号の扱いは、売り手の希望として整理し、契約条件に落とし込みます。「気持ち」のままにせず、期間や範囲を言葉にしておくのがポイントです。

売り手の希望契約条件への落とし込み方の例
従業員の雇用を続けてほしい一定期間は雇用を維持し、労働条件を不利に変えない旨を定める
取引先を丁寧に引き継いでほしい引継ぎの期間と、売り手が協力する範囲(同行や紹介の回数など)を定める
屋号・社名を残してほしい使用を続けるか、変更するなら時期をどうするかを定める

これらの条件は、面談での口約束で終わらせず、必ず契約書に反映します。どの段階でどの書面に書くかは、個人M&Aで必要な契約書を流れに沿って解説した記事も参考にしてください。条件を書面にすることは、買い手にとっても引継ぎ後のトラブルを防ぐことにつながります。

廃業と比べて考える|0円譲渡のほうが得になりやすい状態

0円で譲ると聞くと「ただで手放すだけ」と感じるかもしれません。ただ、廃業にも費用と手間がかかります。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」も、廃業を選ぶ前に第三者への承継を検討するよう促しています。ここでは、公的な資料で確かめられる範囲で、両者を並べて考えます。

廃業にかかる費用と手間の一般的な項目

廃業では、事業をやめるために次のような負担が生じます。

項目主な内容
設備・店舗設備の処分費、借りている物件の原状回復費
在庫処分や値引き売却による損失
従業員解雇の場合は30日前の予告か解雇予告手当が必要、退職金の支払い
法人の手続き解散・清算人就任・清算結了の登記(登録免許税)、官報での解散公告と2か月以上の債権申出期間
税務解散・清算に伴う確定申告
借入金残った借入金の返済。会社をたたんでも返済義務は消えない

手続きの多くは司法書士や税理士に依頼することになり、その費用も加わります。個人事業でも、設備や在庫の処分、従業員への対応は同じように発生します。

譲渡で避けられる可能性のある負担

一方、0円でも事業を引き継いでもらえれば、上の負担の一部は生じません。

  • 従業員の雇用が続けば、解雇の手続きや予告手当が不要になります
  • 設備や在庫を買い手が引き継げば、処分費や原状回復費がかかりません
  • 株式譲渡なら会社がそのまま続くため、解散・清算の手続きがありません
  • 取引先との契約や許認可も、形によってはそのまま続きます

つまり、廃業では「お金を払って終わらせる」負担が残りやすく、譲渡ではそれを避けられる余地があります。

自分の会社に当てはめて比べる

どちらが得かは、会社ごとに異なります。次の3つを紙に書き出すと比べやすくなります。

  1. 廃業した場合にかかる費用の概算(処分費・原状回復費・手続き費用)
  2. 廃業後も自分に残る負債や保証
  3. 譲渡すれば引き継いでもらえる項目(従業員・設備・契約・借入金)

数字に迷うときは、顧問税理士やM&Aアドバイザーのほか、各都道府県にある「事業承継・引継ぎ支援センター」などの公的な窓口で相談できます。

0円譲渡を決める前の進め方と相談先

0円で譲るかどうかは、価格だけを先に決めるのではなく、理由と条件を整理してから判断します。順番を守ると、後から「やはり価格を付ければよかった」と悔やむことが減ります。

判断までの手順

  1. 理由と希望条件の整理:なぜ0円でよいのか、雇用や取引先など何を残したいのかを書き出す
  2. 負債・保証・契約の棚卸し:借入金、個人保証、リース、賃貸借契約などを一覧にする
  3. 備忘価格か0円かの判断:税務面の影響を税理士に確認したうえで決める
  4. 買い手探し:プラットフォームや支援機関、M&Aアドバイザーを使い、条件に合う候補を複数集める
  5. 条件交渉:価格以外の条件を文書で確認し合う
  6. 契約:合意した条件を契約書に落とし込み、弁護士などに確認してもらう

価格を付ける選択肢も最後まで残しておきましょう。小さな会社の価格の考え方は「M&Aの相場は利益の何倍?年買法と小さな会社の価格の見方・交渉」で解説しています。0円ありきで進めると、本来付けられた価格を手放すことになりかねません。

相談すべき専門家

税務・法務の個別判断は、一般論ではなく自分の会社の状況に当てはめて確認する必要があります。相談先は内容ごとに分けると迷いません。

相談先相談する内容
税理士無償・低額での譲渡にかかる税金、備忘価格の付け方
弁護士契約書の内容、保証や債務の引継ぎの定め方
取引金融機関借入金の扱い、個人保証の解除
M&Aアドバイザー譲渡の進め方、相手探し、価格や条件の整理
事業承継・引継ぎ支援センター進め方全体や相手探しの相談

0円譲渡で起こりやすいリスクと対策は次のとおりです。

想定されるリスク対策
0円の譲渡が贈与税の対象になる契約前に税理士へ相談し、備忘価格を付ける案も比べる
譲渡後に負債や個人保証が残る棚卸しの一覧をもとに、引継ぎの範囲を契約書に明記する
条件に合わない買い手に譲ってしまう候補を複数集め、希望条件の優先順位で比較する

相談先を早めに決めておけば、買い手との話し合いが始まってから慌てずに済みます。

参考にした資料