後継者がいないときの選択肢は大きく3つ

後継者がいないと分かったとき、取れる道は「誰かに引き継ぐ」か「やめる」かに大別できます。引き継ぐ相手によってさらに分かれるため、選択肢は大きく次の3つに整理できます。中小企業庁の「事業承継ガイドライン」でも、引き継ぎ先は親族内承継・従業員承継・社外への引継ぎ(M&A)の3つに分けて説明されています。

選択肢引き継ぐ相手会社・事業はどうなるか
親族・従業員への承継子ども・親族、役員や従業員続く
第三者への譲渡(M&A)社外の会社や個人続く(経営者が代わる)
廃業(解散・清算)いない終わる

親族・従業員への承継

子どもや親族、または社内の役員・従業員に引き継ぐ方法です。相手が事業をよく知っているため、取引先や従業員の不安は小さくて済みます。一方で、本人に継ぐ意思があるか、株式を買い取る資金があるかが壁になりやすい方法です。「子どもは継がない」「従業員に買い取る資金がない」と分かった時点で、残る2つの比較に進むことになります。

第三者への譲渡(M&A)

社外の会社や個人に、株式または事業を売って引き継いでもらう方法です。M&Aというと大きな会社どうしの話に聞こえますが、小さな会社や個人事業でも、会社員や個人事業主が買い手になる取引は行われています。売却代金を受け取れること、従業員の雇用や取引先との関係を残せることが特徴です。ただし相手探しと交渉に時間がかかり、買い手が見つかるとは限りません。

廃業(解散・清算)

事業をやめ、会社を法律上の手続きで閉じる方法です。相手探しが要らないので自分の意思だけで進められますが、「やめるだけ」では済まず、費用と手続きがかかります。従業員の雇用と取引先との関係は、ここで終わります。

「うちは売れない」と決める前に、並べて比べる

中小企業庁の2024年版中小企業白書によると、中小企業の後継者不在率は2023年時点で54.5%と、半数近くにのぼります。後継者がいないこと自体は珍しくなく、多くの経営者が同じ分かれ道に立っています。「売れるのは大きな会社だけ」と思い込んで廃業を選ぶ前に、まず3つを並べて比べてみてください。この記事では、親族や従業員に継ぐ人がいない前提で、第三者への譲渡と廃業の2つを費用・手間・期間の面から比べていきます。

廃業にかかる費用と手続き|「やめるだけ」では済まない

廃業は「看板を下ろせば終わり」ではありません。会社を法的に消すための手続きと、事業をたたむための費用の両方がかかります。順に見ていきます。

会社を閉じるときの手続きの流れ

株式会社を廃業する場合、会社法に沿って「解散」と「清算」を進めます。おおまかな流れは次のとおりです。

  1. 株主総会で解散を決議し、清算人(清算の手続きを担う人)を選ぶ
  2. 法務局で解散と清算人就任の登記をする
  3. 官報で債権者に向けて公告し、2か月以上の申出期間を置く
  4. 売掛金の回収、債務の支払い、資産の換金を行う
  5. 残った財産を株主に分け、清算結了の登記をする

債権者への公告期間が2か月以上必要なため、手続きだけでも最短で2〜3か月はかかります。解散後も、法人税などの確定申告は清算が終わるまで続きます。

手続きにかかる主な実費は次のとおりです。

項目費用の目安
解散・清算人選任の登記(登録免許税)合計3万9,000円
清算結了の登記(登録免許税)2,000円
官報への解散公告数万円程度

このほか、登記や申告を司法書士・税理士に依頼すれば、その報酬が加わります。

手続き以外にかかる費用

実際に負担が大きいのは、登記より事業をたたむための費用です。見落とされやすいものを挙げます。

  • 在庫・設備の処分:売れないものは処分費がかかります。使える設備は早めに買い手を探すと負担を減らせます
  • 店舗・事務所の原状回復:賃貸借契約で定めた状態に戻す工事費です。契約書で範囲を先に確かめておきます
  • 借入金の一括返済:事業をやめると返済原資がなくなります。金融機関に早めに相談し、返済計画を立てます
  • 従業員の解雇予告・退職金:解雇は30日前の予告か、相当する手当の支払いが必要です。退職金規程があればその支払いも見込みます
  • リース契約の残債:中途解約しても、残りの期間分の支払いが残ることがあります。契約ごとに残額を確認します
  • 取引先との契約解除:長期契約には違約金の定めがあることがあります。解約条項を読み、通知の期限を守ります

これらを足し合わせると、手元の資産を処分しても費用が残り、経営者が個人で補填する例もあります。廃業を選ぶ前に、資産と負債を一覧にして「清算した後にいくら残るか」を試算しておくことが大切です。

個人事業主の場合

個人事業主は、会社のような解散・清算の登記は不要です。ただし、廃業した年分の所得税の確定申告期限までに税務署へ「個人事業の開業・廃業等届出書」を出し、青色申告をやめる届出なども必要になります。都道府県への事業税の届出や、従業員がいれば給与支払事務所の廃止届(廃止から1か月以内)も忘れずに行います。原状回復や在庫処分、借入金の返済など、手続き以外の費用がかかる点は会社と同じです。

譲渡(M&A)にかかる費用と手間|時間がかかる段階はどこか

廃業は手続きの順番が決まっていますが、譲渡は相手があって初めて進みます。売り手の立場から、流れと費用、時間がかかる段階を整理します。

譲渡の流れと売り手が準備するもの

小さな会社の譲渡は、おおむね次の順に進みます。中小企業庁「中小M&Aガイドライン」でも、相手探しから契約・引継ぎまでの流れが同様に示されています。

段階売り手がすること
相手探しプラットフォームへの掲載や仲介会社への依頼。会社の概要を匿名でまとめる
交渉面談で事業の内容や希望条件を説明する。秘密保持の約束を交わす
調査への対応買い手が行う調査(デューデリジェンス)に、決算書や契約書を提出する
契約価格や引継ぎの条件を書面にし、代金の受け取りと引き渡しを行う
引継ぎ一定期間、業務や取引先の紹介を手伝う

準備する資料は、直近数期分の決算書、取引先との契約書、賃貸借契約書、従業員名簿、許認可の書類などです。調査の段階で初めて集め始めると、手間も期間もふくらみます。相手探しの前に一度そろえておくと、交渉中の負担を抑えられます。

費用の種類

費用内容
プラットフォームの利用料料金の有無や体系はサービスごとに異なるため、各社の規約で確認が必要です
仲介会社・アドバイザーへの報酬着手金、中間金、成約時の成功報酬などの組み合わせがあり、料金体系は会社ごとに異なります
専門家への費用契約書の確認を税理士や弁護士に頼む場合の費用
資料準備の手間金銭ではないものの、経営者自身の時間がかかる

廃業と違い、譲渡では代金が入る一方で、仲介を使えば報酬が差し引かれます。費用を見積もるときは、報酬の支払い時期(成約前に発生するか)も確かめてください。

時間がかかりやすいところ

最も読めないのは相手探しです。買い手が現れるかどうかは相手との出会いに左右され、売り手が自分で早めるのは難しい部分です。一方、交渉以降は売り手の準備次第で短縮できます。資料の提出が遅れると調査が止まり、契約も後ろにずれます。

また、株式をまとめて譲る「株式譲渡」と、事業の一部や全部を譲る「事業譲渡」では、売り手の手続きと、誰が売り手になるかが異なります。株式譲渡では株式を持つ株主が、事業譲渡では事業を営む会社や個人事業主が売り手になります。税金は、株式譲渡か事業譲渡かという手法ではなく、売り手が個人か法人かで変わります。売り手が個人なら所得税など、法人なら法人税などの対象になります。事業譲渡では、取引先との契約や許認可を個別に引き継ぐ手続きも必要になります。どちらを選ぶかで手元に残る金額が変わるため、税理士やM&Aアドバイザーなどの専門家に早めに相談してください。

相手の探し方や価格の決め方を含めた全体の流れは、小さな会社・個人事業を売る方法|流れ・相手探し・価格・注意点で詳しく説明しています。

廃業と譲渡を比較する|費用・手間・期間・従業員・手元に残るお金

比較表で見る廃業と譲渡

ここまで見てきた費用と手間を、7つの項目で並べます。

項目廃業譲渡(M&A)
費用登記・公告の費用、在庫や設備の処分費、店舗の原状回復費など仲介や専門家に頼む場合はその報酬。自分で相手を探せば小さく抑えられることもある
手間解散・清算の手続きを自分で進める資料の準備、面談、交渉、引継ぎ
期間公告期間があるため最短でも数か月相手が見つかるまでの期間が読めない
従業員の雇用解雇になり、予告や手当が必要雇用を引き継いでもらえる可能性がある
取引先との関係取引が終わる取引が続く可能性がある
手元に残るお金資産の売却額-負債-処分費用譲渡価格(処分費用がかからない分が上乗せ)
精神的な負担自分の手で終わらせる重さ相手探しや交渉の気疲れ

手元に残るお金の考え方

廃業では、資産を売ったお金から負債と処分費用を引いた残りが手元に残ります。中古の設備や在庫は、帳簿の価額より安くしか売れないことがあります。賃貸の店舗なら、原状回復の費用もかかります。

譲渡では、譲渡価格に加えて、これらの処分費用や原状回復費用がかからないことがあります。設備や在庫をそのまま引き継いでもらえるからです。したがって、譲渡価格が0円や少額でも、廃業の費用と並べると譲渡のほうが手元に多く残る場合があります。比べるときは「いくらで売れるか」だけでなく「廃業したらいくら出ていくか」も数えてください。

なお、譲渡で受け取るお金にかかる税金は、株式譲渡か事業譲渡かではなく、受け取る側が個人か法人かなどで変わります。価格の目安の考え方はM&Aの相場は利益の何倍?年買法と小さな会社の価格の見方・交渉で説明しています。

会社の状況で結果が変わるポイント

  • 負債の有無:借入が多いと、廃業では資産を売っても返しきれないことがあります。譲渡でも、負債をそのまま引き継いでもらえるとは限りません。
  • 賃貸か自社物件か:賃貸なら原状回復費用の有無が差になります。自社物件なら不動産をどう扱うかが結果を大きく左右します。
  • 従業員の人数:人数が多いほど、廃業では解雇予告手当などの負担が増え、譲渡では引継ぎの手間が増えます。

どちらが有利かは一概に言えません。自社の数字を表に当てはめて、手元に残る額で比べることが大切です。

小さな会社でも譲渡の相手は見つかるのか

「従業員が数人で利益も小さいうちを買う人などいない」と考え、譲渡を最初から選択肢の外に置いてしまう経営者は少なくありません。しかし、小さな会社や個人事業を買う側には、会社だけでなく個人の買い手がいます。

個人の買い手という相手

会社員や個人事業主が、後継者のいない会社を引き継いで経営者になる動きがあります。買い手がどんな点を見て、どう進めるかは、後継者のいない会社を買う方法|個人のメリット・デメリットと進め方で解説しています。また、譲渡価格が0円や少額でも、買い手にとっては引き継ぐ価値のある案件になることがあります。その実態は0円で会社を買う方法|0円譲渡の実態と見極め方にまとめています。

業種別に見る譲渡希望価格の中央値

前の見出しで触れた業種別の中央値から、一部を抜き出すと次のとおりです。

業種評価件数譲渡希望価格の中央値
美容・理容10件300万円
教育サービス10件350万円
IT・Web・SaaS9件360万円
飲食店・食品22件1,150万円

数百万円規模の案件が実際に売りに出され、買い手が検討対象にしていることが分かります。「規模が小さいから売れない」と自分で決めつける必要はありません。

ただし、注意点が2つあります。1つは、買い手が付くかどうかは誰にも保証できないことです。もう1つは、上の数字は売り手の希望価格の中央値であり、実際の価格は業種・利益・引き継ぎやすさなど案件ごとに異なることです。譲渡を考えるなら、売れるかどうかを一人で判断せず、まずM&Aアドバイザーなどの相談先に案件として見てもらうことが出発点になります。

従業員・取引先への説明はいつ・どう進めるか

譲渡を進めるうえで、売り手が最も悩むのが「いつ、誰に話すか」です。早すぎれば動揺や情報漏れを招き、遅すぎれば不信感につながります。基本の考え方と、相手ごとの進め方を整理します。

説明の基本は「実行後に丁寧に」

従業員や取引先への説明は、できれば最終契約と決済が終わったあとに、十分な時間をとって丁寧に進めるのが基本です。交渉中は条件が変わったり、話そのものが流れたりすることがあります。その段階で広く伝えると、「会社がなくなるのでは」という憶測が広がり、退職や取引の縮小につながりかねません。

対策は、話す相手と順番をあらかじめ決めておくことです。

  • 交渉中に知らせる人は最小限にし、知らせた人には口外しないよう依頼する
  • 全体への説明は実行後に、買い手と一緒に行う日を決めておく
  • 説明の場では、雇用や取引条件が変わるのか・変わらないのかをはっきり伝える

なお、株式譲渡では雇用契約はそのまま引き継がれますが、事業譲渡では従業員ごとに転籍の同意が必要になります。事業譲渡を選ぶ場合は、説明の時期を買い手と早めにすり合わせておきましょう。

キーパーソン・重要な取引先には実行前に

一方で、事業運営を支えるキーパーソンの従業員や、売上の多くを占める取引先は例外です。実行後に初めて知らされると、「自分には相談がなかった」という感情から離反が起きやすくなります。実行前のしかるべきタイミングで個別に話を進めておくと、実行後の離反を一定程度防ぐことができます。

買い手が実行前の面談を希望することもあります。誰に・いつ・どこまで話すかは、買い手と相談して決めるのが安全です。

買い手が個人のときに事前に決めておくこと

買い手が会社ではなく個人の場合、従業員や取引先は「この人で大丈夫か」という漠然とした不安を持つことがあります。これに備えて、最終契約の前に買い手と次の点を打ち合わせておきましょう。

事前に決めておくことねらい
一定の引継ぎ期間(売り手が残る期間と役割)急な変化がないことを示す
従業員への説明の方法(誰が・どの順で・何を話すか)雇用への不安を減らす
取引先への説明の方法(同行訪問、紹介の仕方)取引継続の意思を直接伝える

M&Acompassの実務の視点

従業員や取引先への説明は、できればM&A実行後に十分な時間をとって丁寧に進めるべきだと考えています。ただし、事業運営上のキーパーソンや重要な取引先については、実行前のしかるべきタイミングで話を進めておくと、実行後の離反をある程度防げます。買い手が個人の場合は、周囲が漠然とした不安を持つこともあります。一定の引継ぎ期間を設けることや、従業員・取引先が安心できる説明の方法を、事前に買い手と打ち合わせておくことが重要です。

選ぶ前にやること|相談先と判断の進め方

廃業と譲渡のどちらを選ぶにしても、手続きと準備には時間がかかります。決める前に、まず相談先を押さえておきましょう。

公的な相談窓口

中小企業庁は、全国47都道府県に「事業承継・引継ぎ支援センター」を設置しています。後継者探しだけでなく、廃業を含めた進め方の相談も無料で受けられます。

  • 商工会議所・商工会:経営指導員が身近な相談に応じる
  • よろず支援拠点:国が各都道府県に置く、無料の経営相談所

まず公的な窓口で全体像を聞き、必要に応じて民間の支援機関を使う順番なら無理がありません。

専門家に相談すべきこと

公的な窓口は全体の進め方を整理する場です。個別の税金や法律の判断、譲渡の実務の進め方は専門家の領域です。

相談したいこと主な相談先
譲渡の進め方、相手探し、買い手との条件の整理M&Aアドバイザー
廃業・譲渡でかかる税金、手元に残る金額税理士
従業員の雇用、契約書、債務の整理弁護士
解散・清算、役員変更などの登記司法書士

判断の進め方

後継者がいないと分かった時点で、情報収集を始めるのが早すぎることはありません。廃業は清算の手続きだけで数か月かかり、譲渡は相手探しから引継ぎまでさらに長くかかるためです。

順番として、まず譲渡の可能性を探り、相手が見つからなければ廃業に切り替える進め方もあります。その場合も、いつまで探すかの期限を先に決めておくと、迷い続けずに済みます。「まだ決めていない」段階で相談を始めることが、選択肢を減らさないいちばんの方法です。

参考にした資料