M&Aで副業・起業は現実的か|この記事の前提

M&Aで始める副業・起業とは

「M&Aで副業・起業する」とは、新しく事業を立ち上げるのではなく、既にある小さな会社や事業を買って始めることです。サラリーマン(会社員)が本業を続けながら会社を買い、副業として経営する形もこれにあたります。M&A(エムアンドエー)は会社や事業の売買のことで、個人が数百万円規模の案件を買うものは「スモールM&A」「個人M&A」と呼ばれます。

ゼロから起業する場合と比べると、買う場合はお客さま・設備・従業員・取引先が最初からそろっています。その代わり、買った時点で売上もコストも動いているため、「準備してから動き出す」という余裕はありません。

会社員がM&Aで事業を持つ形は、大きく2つに分かれます。

形本業事業への関わり方主な特徴
副業で買う続ける夜間・休日が中心。現場は従業員に任せることが多い収入の土台を保てる一方、使える時間が限られる
起業(専業)で買う辞める自分が現場や経営の中心に立つ時間を事業に集中できる一方、収入を事業に依存する

近年は、副業を認める会社が増えています。ただし、副業を制限・禁止する就業規則も珍しくありません。買う前に、勤務先の就業規則と副業の届出の決まりを確認しておきましょう。

どちらも現実的だが、運営は自分の努力と時間に左右される

副業でも起業でも、M&Aで事業を持つことは現実的な選択肢です。実際に、会社員のまま小さな事業を買い、本業と並行して運営している人はいます。

ただし、「買えば自動的に収入が入る」ものではありません。買った後の事業の運営は、買い手がどれだけの時間をかけ、どこまで関わるかに左右されます。副業の場合は使える時間が限られるため、この点が起業よりも強く効いてきます。

副業で買うときに考えておきたいのは、次の3つです。

  • 本業と両立できる運営の手間を、買う前にどう見積もるか
  • 現場を任せる従業員(キーパーソン)をどう確かめるか
  • 将来、副業から専業(起業)に切り替えるかどうか

この記事で扱う読者と範囲

この記事は、会社員が本業を続けながら副業として会社や事業を買う場合を中心に書きます。そのうえで、副業から専業(起業)へ切り替えるときの考え方まで扱います。

読者として想定しているのは、次のような方です。

  • 会社員や個人事業主で、M&Aによる副業・起業に興味を持ち始めた方
  • 本業を辞める決断の前に、まず副業で試せないか考えている方
  • 将来の独立を見据えて、小さな会社や事業を買う選択肢を知りたい方

一方、本業を辞めてすぐに専業で買う場合の資金集めや、案件の探し方の細かい手順は、この記事では深く扱いません。資金の集め方は「個人で会社を買うときの資金の集め方」、具体的な買い方の流れは「個人M&Aの始め方」で説明しています。

次の見出しからは、副業でのM&Aと起業でのM&Aの違いを整理したうえで、会社員が副業で買う現実を順に見ていきます。

副業でのM&Aと起業でのM&Aの違い|メリット・デメリット

M&Aで事業を手に入れる道には、本業を続けながら副業として買う形と、会社を辞めて専業で経営する形があります。同じ「買う」でも、使える時間や失敗したときの影響の大きさが違います。まず、それぞれの特徴を整理します。

副業として買う場合のメリット・デメリット

副業として買う最大の利点は、本業の収入を保ったまま始められることです。買った事業の利益が想定を下回っても、生活費の柱は残ります。経営を小さく試し、向き不向きを確かめられる点も見逃せません。

一方で、事業に使える時間は平日の夜や週末に限られます。自分が現場に立ち続けることは難しく、従業員や外注先に任せる前提になりやすい形です。任せる相手がいない事業では、副業で回すこと自体が成り立たないことがあります。

また、勤め先の就業規則で副業が制限されている場合があります。近年は副業を認める会社が増えていますが、まず自分の勤め先の規定を確かめてください。

起業(専業)として買う場合のメリット・デメリット

専業で買う場合は、時間と意識を事業に集中できます。自分が現場に立てるため、課題に気づいてから改善するまでが早くなります。前のオーナーから引き継ぐ期間にも、しっかり付き添えます。

反面、収入の柱が1本になり、買った事業の成否が生活に直結します。退職の判断は後から戻しにくいため、当面の生活費を別に確保し、家族の理解を得てから踏み切ることが対策になります。

ゼロからの起業と比べたときの違い

M&Aで買う場合、顧客・従業員・設備・取引先が最初からあり、初日から売上が立ちます。ゼロから立ち上げる起業で最も時間がかかる「客をつける」段階を省けるのが強みです。

その代わり、前のオーナーのやり方や古い設備、借入や未払いなどの負債も一緒に引き継ぐ可能性があります。見えない負担がないかは、買う前の調査で確かめる必要があります。

比べる点副業で買う専業で買うゼロから起業
使える時間夜・週末が中心全部全部
収入給与+事業事業のみ当面は乏しい
失敗したときの影響小さい大きい大きい
最初からある資産顧客・従業員・設備顧客・従業員・設備なし
引き継ぐ負担前のやり方・負債の可能性同左なし

どの形を選ぶかは、手元の資金、家族の状況、本業の就業規則によって変わります。目的が違えば向く案件も変わるため、個人買い手のM&Aの3つの目的も合わせて整理しておくと、案件を見る目が定まります。

会社員が副業で買う現実|本業と両立できる手間の見積もり

副業で会社を買った人の相談で多いのが、「本業と両立できると思っていたのに、買った後の手間が想定より大きかった」という声です。この差が出やすいのは、業種の違いというより、買い手にその事業の実務経験があるかどうかです。ここでは、手間の見積もりがずれる理由と、買う前にずれを小さくする方法を説明します。

想定と現実の差は「実務経験の有無」で決まりやすい

会社を買う前には、誰もが「買った後にどう運営するか」を頭の中で描きます。この運営のイメージがどれだけ具体的か(解像度)が、実務経験の有無で大きく変わります。

  • 経験がある人:発注、シフト調整、クレーム対応、月末の支払いなど、日々の細かな作業まで思い浮かべられる
  • 経験がない人:「現場は従業員に任せ、自分は週末に数字を見る」といった大まかな形にとどまりやすい

経験がない人のイメージは、間違っているというより、粗いのです。粗いイメージのまま買うと、平日の昼間に取引先から電話が来る、急な欠員でシフトが埋まらないなど、想定になかった作業が次々に現れます。これが「両立できるはずだった手間」と現実との差になります。

M&Acompassの実務の視点

副業の買い手の相談を受けていると、想定と現実の差は業種で決まるというより、買い手に実務経験があるかどうかで出やすいと感じます。買う前に描く運営のイメージの解像度が違うからです。経験は、その業種を丸ごと経験している必要はありません。たとえば店舗での接客や、小さな事業での仕入れ・経理など、部分的な経験でも解像度は上がり、想定と現実のずれは小さくなります。

経験のない業種を買うなら買う前に解像度を上げる

経験のない業種を買ってはいけない、という意味ではありません。買う前に解像度を上げる手立てを取れば、ずれは小さくできます。

  • 現場を見る:客として利用する、売り手の了承を得て営業中の様子を見学する
  • 短期間でも手伝う:売り手が受け入れてくれるなら、休日に数回でも作業に入ってみる
  • 同業の知人に聞く:一日の流れ、忙しい時間帯、オーナーにしかできない作業を具体的に聞く
  • 売り手に一日の流れを聞く:朝から閉店後まで、誰が何をしているかを時間順に確認する

売り手に見学や手伝いを頼むときは、交渉中であることを従業員に知らせてよいかを先に確認します。秘密保持の約束に反しない範囲で進めることが大切です。

本業と両立するための時間の見積もり方

解像度が上がったら、次は時間を数字で突き合わせます。「なんとかなる」ではなく、週に使える時間と、オーナーが実際に使っている時間を並べて比べます。

書き出すもの内容
自分が使える時間平日の夜、休日に分けて、週あたりの時間を書く
オーナーの現在の業務時間売り手に聞いた一日の流れをもとに、作業ごとに週あたりの時間を書く
作業の分類「人に任せられる」「自分がやる」「やめられる」の3つに分ける

「自分がやる」作業の合計が、自分が使える時間を上回るなら、その案件は今の形では両立できません。任せられる人がいるか、作業を減らせるかを交渉の中で確かめ、難しければ見送る判断も選択肢です。平日の昼間にしか発生しない作業が多い場合は、時間の合計だけでなく、発生する時間帯も合わせて確認しておくと、買った後のずれを減らせます。

「副業だから小さい案件で気軽に」は正しいか

「副業なら、まずは小さい案件で気軽に始めたい」という相談はよくあります。半分は正しく、半分は注意が必要です。

小さい案件が向いている理由と限界

譲渡価格が小さい案件は、自己資金で手が届きやすく、借入に頼らずに始められることがあります。本業の収入があるうちに、まず小さく経験を積むという考え方自体は合理的です。

ただし「価格が小さい」と「手間が少ない」は別の話です。価格が小さい案件には、売上規模が小さい、オーナー1人で回していた、設備が古いといった背景があることが多いです。取得後にやることは、むしろ増える場合もあります。

小さい案件で軽くなるもの小さくても軽くならないもの
初期の資金負担日々の運営の手間
借入の審査や返済の負担従業員・取引先との関係づくり
うまくいかなかったときの金銭的な損失事業を維持・発展させる努力

事業の成否はコミットメントに左右される

M&Acompassが実務で見てきた範囲では、事業へのコミットメント(どれだけ本気で関わるか)と事業の成否には一定の相関があります。気軽に始めること自体は悪くありません。しかし、取得した事業がうまくいくかどうかは、結局は買い手自身の努力次第の面が大きいです。

事業の維持や発展を望むなら、価格の大小にかかわらず相応のコミットメントが必要です。「小さいから片手間でよい」ではなく、「小さいからこそ自分が動かないと回らない」と考えたほうが実態に近いでしょう。

M&Acompassの実務の視点

「副業だから小さい案件で」と考える方に、まず見直してほしいのは価格ではなく、自分がその事業にどれだけの時間と気持ちを割けるかです。事業である以上、取得後の成否は自分の努力に左右されます。割ける時間が限られるなら、その範囲で回せる運営の形になっているかを、価格より先に確かめることを勧めます。

小さな案件の価格帯の目安(M&Acompassの公開データ)

では、小さな案件は実際にどの価格帯にあるのでしょうか。M&Acompassが評価した累計122件(2026年9月時点)のうち、業種別の譲渡希望価格の中央値は次のとおりです。

業種評価件数価格の中央値
美容・理容10件300万円
教育サービス10件350万円
IT・Web・SaaS9件360万円
旅行業・宿泊施設6件500万円
不動産9件750万円
サービス業(消費者向け)5件750万円
小売業・EC10件1,100万円
飲食店・食品22件1,150万円

※2026年9月時点・累計122件の評価に基づく。IT・Web・SaaSは譲渡希望価格が「250万円以下」とだけ記載された1件を除く8件で集計。

美容・理容や教育サービスのように中央値が300万円台の業種もあれば、飲食店・食品のように1,000万円を超える業種もあります。副業で手が届きやすい価格帯の案件は、確かに存在します。一方で、価格が小さい案件ほど、オーナー自身の技術や人間関係で成り立っているものも少なくありません。その場合、引き継いだ後に自分が手を動かす場面は増えます。価格が小さい案件の特徴と注意点は、100万円で買える会社の特徴と買う際の注意点でも整理しています。

現場を任せるキーパーソン(従業員)を交渉中に確かめること

会社員が副業で会社を買う場合、オーナー(自分)は平日の昼間に現場へ立てません。現場を実際に回すのは、店長や工場長などのキーパーソン(事業の要になる従業員)です。つまり、副業での買収は「キーパーソンを買う」のに近い面があります。交渉中に確かめておく点を3つに分けて説明します。

売り手の説明だけで判断しない

売り手は自社の従業員を身内のように見ているため、キーパーソンを過大に評価しているケースがあります。また交渉の場では、買い手を安心させようとして「この人がいれば何でもできます」と伝えがちな傾向もあります。悪意がなくても、売り手の説明には「自分が抜けたあとの現場」までは含まれていないことが多いです。売り手の言葉はひとつの情報と受け止め、自分で裏付けを取る姿勢が必要です。

実際の業務を具体的に確認する

「店は任せている」「現場は全部できる」といった説明は、作業の単位まで分解して確かめます。次のような項目を、売り手とキーパーソンの双方に聞くと差が見えやすくなります。

確認する項目聞き方の例
日々の運営開店・閉店、シフト作成、発注は誰がしているか
お金まわり現金の管理、入金確認、支払いは誰が行うか
対外対応仕入先・主要顧客・金融機関との連絡は誰が担うか
判断の範囲値引き、採用、クレーム対応をどこまで任されているか
オーナーだけの仕事売り手にしかできない作業は何か、週に何時間か

「オーナーだけの仕事」が多いほど、買った後にその分を自分が引き受けるか、誰かに移す必要があります。個人の買い手が案件選び・交渉・引継ぎで陥りやすい失敗例でも、引継ぎ後に「聞いていた話と違う」と気づく例は、こうした確認の不足から起きています。

本人への聞き取りと書面での確認

M&Aの実行前に、キーパーソン本人と直接話す機会を設けてもらいます。そこで聞きたいのは「続けてくれますか」の一言ではなく、オーナーが抜けたあとに何が不安かという点です。給与や勤務時間だけでなく、「オーナーがいないと決められないこと」「新しい買い手との関係」など、本人の言葉で丁寧に聞き取ります。不安を先に知っておけば、引継ぎ期間や権限の渡し方を決める材料になります。

勤務の継続についても、売り手経由の「大丈夫だと言っています」や口頭のやり取りで済ませず、本人と直接、何らかの書面で残しておきます。形式は問いません。確認した内容をメモにして本人に見てもらい、認識が合っていることを残すだけでも違います。

M&Acompassの実務の視点

相談の場で見ていると、売り手はキーパーソンを「なんでもできる人」として説明しがちです。そのため、交渉中の必須の作業として2つのことを勧めています。1つは、実際にどの業務を担っているかを具体的に確認することです。もう1つは、実行前にキーパーソン本人へ「オーナーが抜けて不安なこと」を丁寧に聞き取ることです。本人の不安が分かると、買い手が自分で埋めるべき穴も見えてきます。

最後に、「その人が辞めたら自分で回せるか」を正直に考えてください。回せないなら、辞めない保証がない以上、その案件は本業との両立の前提そのものが崩れます。キーパーソンへの依存が強い案件は、条件を見直すか、別の案件を探す判断も選択肢に入れておきます。

平日の昼間に動けない会社員が交渉で気をつけること

会社員の買い手が気にしがちなのが、「平日の昼間に動けないと不利ではないか」という点です。結論からいうと、動けないこと自体より、やり取りの質のほうがはるかに重要です。

「昼間に動けない」自体は信頼を失う理由にならない

昼間に電話に出られない、面談の日程が週末に偏る。こうした事情で進み方が遅れることは、たしかにあります。ただ、売り手に「相手は会社員で、昼間は動きにくい」と伝わっていれば、それだけで信頼を失うことはありません。売り手の多くも自分の仕事を抱えており、相手の事情は想像できるからです。大切なのは、事情を隠さず最初に伝えておくことです。

信頼を失うのは返信や対応の不足

一方で、信頼を失いやすいのは、会社員であることでは説明がつかない不足です。

  • 連絡への返信が数日止まる、読んだまま放置する
  • 約束した資料や質問への回答が期限を過ぎる
  • 面談の直前の変更や連絡のない遅刻
  • 売り手の事業や従業員への配慮を欠いた言動

こうした点は、昼間に動けるかどうかとは関係がありません。「会社員だから仕方ない」と自分の中で整理してしまうと、売り手には不誠実に映ります。M&Aは売り手にとって、長年育てた事業と従業員を託す決断です。会社員だからという枠ではなく、M&Aにどう向き合うかという、もう少し広い視野で自分の対応を見直すことが大切です。

スピードを重視する売り手への備え

案件によっては、売り手が交渉のスピードを大事にしていることがあります。体調や資金繰りなど、事情はさまざまです。この場合、進め方の良し悪しとは別に、進め方が遅い候補者は速い候補者より優先順位が下がることがあります。会社員の買い手は、最初の面談で売り手が望む進め方や時期を確かめ、自分の動けるペースと合うかを見ておくとよいでしょう。合わないと分かったときは、無理に合わせるより、別の案件に目を向けるのも一つの判断です。

会社員が進め方で工夫できること

工夫ねらい
動ける時間帯(平日夜・休日)を最初に伝える連絡の行き違いを防ぐ
返信の期限を自分で決める(例:翌日までに一次返信)「止まっている」と思わせない
トップ面談は有給休暇や休日で調整する売り手の時間を尊重する
平日の連絡を代理人や専門家に任せる日中の対応の遅れを補う

一次返信とは、「確認して○日までに回答します」とだけ返す返信です。回答そのものに時間がかかっても、受け取ったことを伝えるだけで印象は変わります。

仕事を続けながら成約に至った進め方は、仕事を続けながら2カ月の交渉で成約した事例で紹介しています。

M&Acompassの実務の視点

昼間に動けないことが原因で進み方が遅れることは、実際にあります。しかし、売り手に会社員だと理解されていれば、それで信頼を失うことはありません。信頼を失うのは、返信の遅れや対応の抜け、社会通念上のモラルなど、会社員であることでは説明できない部分です。「会社員だから」と切り分けるのではなく、M&Aへの向き合い方として見直すことをお勧めします。なお、交渉のスピードを大事にする売り手に対しては、進め方が遅い候補者の優先順位が下がることは、良い悪いではなく起こり得ます。

副業から専業(起業)へ切り替える条件は買う前に決める

副業で会社を買う人の中には、「うまくいけば本業を辞めて専業にしたい」と考える人もいれば、「あくまで本業の傍らで続けたい」と考える人もいます。どちらが正しいということはありません。ただ、この問いを買う前に自分の中で整理しておくかどうかで、買った後の動き方は大きく変わります。

専業化を目指すかどうかを先に決める

まず決めたいのは、買おうとしている会社や事業が、将来的に専業化を目指す対象なのかどうかです。これは案件の規模や業種だけでは決まりません。自分が本業で得ている収入や働き方を、その事業に置き換えたいのかという、買い手自身の意思の問題です。

専業化を目指すなら、その条件・スケジュール・タイミングは、あらかじめ決めておいたほうがよいに決まっています。買った後に「いつ辞めるか」を決めようとすると、本業の忙しさや事業の浮き沈みに流されやすく、判断が先送りになりがちです。

条件・スケジュール・タイミングの決め方

条件は、自分の生活と事業の状態の両方から考えます。決め方の切り口を整理すると次のようになります。

切り口決める内容の例
収入の条件事業から得られる手取りが、生活に必要な水準をどの程度満たしているか
事業の条件現場を任せている従業員の定着や、主要な取引先との関係が安定しているか
スケジュール条件を満たした状態が、どのくらいの期間続いたら切り替えるか
タイミング本業の繁忙期や引き継ぎ、事業の季節性を踏まえて、いつ辞めるか

架空の例

会社員のAさんは、副業で小さな店舗事業を買うにあたり、専業化の条件を次のように決めました。「事業からの月の手取りが本業の手取りの7割以上を6か月続けること」「現場を任せている店長が、引き継ぎ後も1年勤め続けること」。この2つを満たしたら、本業の年度の区切りで退職すると決めました。買った後は毎月この2つの進み具合を確かめ、未達の月はその理由を書き出すようにしました。

架空の例の数字はあくまで一例です。条件は人によって異なり、家族の収入や貯えによっても変わります。大事なのは、数字と期間を自分の言葉で決めておくことです。

決めておくことで目標と課題が見える

専業化の条件を決める利点は、辞める時期がはっきりすることだけではありません。条件を決めると、事業の中短期の目標が自然と明確になります。目標があれば、毎月の進み具合と比べることができ、達成できていない点から具体的な課題や改善案が見えてきます。

M&Acompassの実務の視点

専業化を目指すかどうかは買い手ごとに違いますが、目指すのであれば、条件・スケジュール・タイミングは買う前に決めておくべきだと考えています。決めておくことで事業の中短期の目標が明確になり、進捗との差から具体的な課題や改善案が見えてくるからです。逆に決めていないと、「そのうち」と考えているうちに本業と副業の両方が中途半端になりやすいと感じています。

専業化を目指さない場合も、何も決めなくてよいわけではありません。この場合は「どこまで手を広げないか」を決めておくことが、本業との両立を守ります。たとえば、店舗を増やさない、自分が現場に入る時間は週に何時間までと決める、といった線引きです。事業が順調なときほど手を広げたくなりますが、副業である以上、本業に支障が出た時点で両方が崩れかねません。線引きを先に決めておくことが、その備えになります。

副業で会社を買うときの実務上の注意点と流れ

ここまでの注意点を踏まえ、会社員が副業で会社を買うときに、買う前から準備しておきたい実務を4つに分けて整理します。全体の手順と期間は個人で会社を買う方法(個人M&Aの流れ・期間・準備)にまとめているので、ここでは副業ならではの点に絞ります。

就業規則と副業の扱いを確認する

最初に確かめるのは、勤め先の就業規則です。副業そのものの可否だけでなく、他社の役員に就くことや株主になることをどう扱うかは、会社ごとに決まりが異なります。「副業」の定義に株式の保有が含まれるのか、届出が要るのかを人事に確認しておくと、買った後に問題になりにくくなります。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」では、労働者が勤務時間外の時間をどう使うかは基本的に自由で、会社が制限できる場合を限定的に示しています。ただし、競業避止(同業の事業を行わない義務)や情報管理の規定には注意が必要です。

資金と時間の準備

資金は、自己資金でまかなえる範囲を先に決めます。会社員には本業の収入があるため、借入の相談がしやすい面はあります。日本政策金融公庫には事業承継に使える融資制度がありますが、対象や要件は案件の形によって異なります。制度を前提に案件を探すのではなく、まず自己資金の範囲で考え、融資は上乗せの選択肢として相談するのが安全です。

時間は、2つの段階に分けて見積もります。案件探しから意向表明書(買う意思と条件を伝える書面)の提出までは、ご縁や他の候補者との競争に左右され、買い手が早めることはできません。一方、意向表明の後、調査から最終契約、決済までの準備は、当初の想定より延びやすい段階です。会社員の場合は、この後半の段階で休みをどう取るかを、本業の繁忙期と照らして考えておきます。

引継ぎ期間の時間の確保

契約の後には、前のオーナーから業務を引き継ぐ期間があります。取引先や金融機関への挨拶、許認可の手続きなど、平日の昼間にしかできない用事が集中しやすい時期です。引継ぎの期間と内容は最終契約で定めることがあるため、その前に「いつ、どれだけ本業を休めるか」を決め、売り手と共有しておきます。先に決めておけば、引継ぎの日程が売り手の都合だけで組まれ、動けなくなる事態を避けられます。

調査(DD)の考え方

DD(デューデリジェンス=買収前の調査)をどこまで行うかは、譲渡価格の大小で決めません。価格が小さい案件でも、買った後に取り返しのつかない「予想外」が残っていないかを基準に判断します。たとえば、帳簿に載っていない借入や未払い、許認可が買い手に引き継げない事情などは、後から直しにくい代表例です。自分で資料を読んで分かったことと分からなかったことを整理し、分からなかった点を専門家に依頼する、という順で進めると費用も抑えやすくなります。

参考にした資料