小さな会社の譲渡価格はどう決まるのか|買い手が使う3つの見方

小さな会社や個人事業の譲渡価格には、公的に定められた相場表や計算式はありません。価格は、売り手の希望と買い手の評価をすり合わせた「交渉の結果」として決まります。ただ、買い手が評価の根拠にする見方にはいくつかの型があります。売り手がその型を知っておくと、買い手の提示額の意味を読み取りやすくなります。

譲渡価格は「計算」ではなく「交渉」で決まる

同じ会社でも、買い手が変わると価格は変わります。既に同じ業種を営む買い手は、仕入れや人員を共有できる分、高く評価することがあります。一方、個人の買い手は自分の資金と返済の見通しの範囲で判断するため、評価が慎重になりやすいです。計算の結果は「出発点」であり、最終的な価格は相手との話し合いで決まると考えておきましょう。

時価純資産:会社に残る財産をもとにした見方

時価純資産とは、会社の資産を現在の価値で評価し直し、そこから負債を引いた金額です。帳簿上の純資産とは違い、売れない在庫や回収できない売掛金を差し引き、土地などは今の価格に置き換えて考えます。「この会社を今たたんだら、いくら残るか」に近い見方で、買い手が価格の下限を考えるときの目安になりやすい方法です。設備や不動産を持つ会社では、この見方の比重が大きくなります。

年買法と利益の倍率:利益をもとにした見方

年買法(ねんばいほう)は、時価純資産に営業利益の数年分を足して価格を考える方法です。営業利益とは、本業の売上から仕入れや人件費などの経費を引いた利益です。足し合わせる年数に公的な目安はなく、中小企業庁の中小M&Aガイドラインでも「数年分の任意の利益」を加える場合があるとされるにとどまります。この「数年分の利益」にあたる部分が、のれん(会社の信用や顧客基盤など、目に見えない価値)と呼ばれるものです。

もう1つは、利益の倍率で考える見方です。営業利益、または営業利益に減価償却費を足し戻したEBITDA(イービットディーエー)に、一定の倍率を掛けて価格を考えます。個人の買い手が相手の小さな会社では、営業利益の2〜3年分が上限の目安とされます。計算の手順や倍率の考え方は、M&Aの相場は利益の何倍?年買法と小さな会社の価格の見方・交渉で詳しく説明しています。

見方何をもとにするか向いている会社
時価純資産資産から負債を引いた実態の純資産設備・不動産が多い会社
年買法時価純資産+営業利益の数年分資産も利益もある小さな会社
利益の倍率営業利益やEBITDAの何倍か資産が少なく利益で稼ぐ会社

小さな会社・個人事業で買い手が特に見るところ

金額が小さい案件ほど、買い手は計算の細かさより「引き継いだ後も同じ利益が出るか」を重く見ます。具体的には、次の2点です。

  • オーナーが抜けた後も利益が残るか:売上が社長個人の人脈や技術に頼っていないか、社長の仕事を引き継ぐ人件費を引いても利益が残るか
  • 引き継げる資産は何か:設備、顧客名簿、取引先との契約、許認可、Webサイトなどのうち、名義を移して実際に使えるものはどれか

利益の倍率が同じでも、この2点の見え方で買い手の評価は大きく変わります。企業価値評価(バリュエーション)の考え方や、計算で見落としやすい点は、M&Aのバリュエーション(企業価値評価)の意味と留意点にまとめています。

業種別の価格の目安|公開している数字から分かること

公的な相場表がない以上、「同じ業種の会社がいくらで売りに出ているか」が、実際には数少ない手がかりになります。ここでは、M&Acompassが公開している評価データから、業種別の譲渡希望価格の中央値を紹介します。

業種別の譲渡希望価格の中央値(M&Acompass評価データ)

M&Acompassがこれまでに評価した案件は、2026年9月時点で累計122件です。そのうち、業種別の譲渡希望価格の中央値が公開されている業種を抜き出すと、次のようになります。

業種評価件数譲渡希望価格の中央値
美容・理容10件300万円
教育サービス10件350万円
IT・Web・SaaS9件360万円※
旅行業・宿泊施設6件500万円
不動産9件750万円
サービス業(消費者向け)5件750万円
小売業・EC10件1,100万円
飲食店・食品22件1,150万円
医療・介護6件1,875万円
建設・土木・工事5件3,000万円
サービス業(法人向け)6件4,143万円

※2026年9月時点・累計122件の評価に基づく。IT・Web・SaaSは、希望価格が「250万円以下」とだけ記載された1件を除く8件で集計。運送・物流・卸売、製造業、調剤薬局、印刷・広告・出版は件数が少なく、中央値を公開していません。

美容・理容や教育サービスのように数百万円台が中心の業種もあれば、建設や法人向けサービスのように数千万円台の業種もあります。店舗や設備、許認可の有無で、同じ「小さな会社」でも価格帯が大きく違うことが分かります。

中央値を見るときに気をつけること

この表を自社の価格の参考にするときは、次の3点に注意してください。

  • 希望価格であり、成約価格ではない:売り手が「この価格で売りたい」と出した金額の中央値です。実際にいくらで成約したかは分かりません。
  • 件数が少ない業種は幅が大きい:5〜6件の業種では、1件の案件で中央値が大きく動きます。目安というより「一例」として見るのが安全です。
  • 自社の利益・資産・立地で上下する:同じ業種でも、利益が出ているか、設備が古くないか、立地はどうかで価格は変わります。中央値は「同じ業種でこのくらいの価格で売りに出す人が多い」という参考情報にすぎません。

中小企業庁の「事業承継ガイドライン」や「中小M&Aガイドライン」でも、事業の価値は純資産や収益力などを踏まえて評価するものとされています。企業の実態に応じた手法で評価するものとされ、業種だけで決まる考え方は示されていません。中央値は出発点として眺めつつ、自社の数字をもとに価格の根拠を組み立てていくのが、無理のない使い方です。

売り手が最初に希望価格を決めるときの考え方

老後資金や投じた金額から逆算するのは間違いか

小さな会社の売り手が最初に希望価格を考えるとき、実務でよく見る決め方があります。

  • これまでに投じた金額(開業資金、設備投資、自分の労力)から逆算する
  • 引退後に必要な老後資金から逆算する
  • 今後の成長の期待値を価格に盛り込む

どれも、売り手の立場からは自然な考え方です。ただ、買い手の目線に立つと、投資判断の根拠にはしづらい材料です。買い手が見ているのは「その事業が今後いくら稼ぐか」「いくらで買えば回収できるか」だからです。

それでも、M&Acompassはこれらの決め方を「誤り」として直すようには勧めていません。一見むずかしそうに見える条件でも、買い手次第で希望が通ることがあるからです。

まず自分の希望で探し、見つからなければ調整する

最終的に価格を評価するのは、交渉の相手である買い手です。だからといって、売り手が最初から買い手の希望に合わせる理由もありません。

順番としては、次の流れで十分です。

  1. 売り手自身の希望条件で相手を探す
  2. 相手が見つからなければ、そのときに条件の調整を考える

M&Acompassの実務の視点

希望価格を最初から「買い手が納得しそうな水準」に下げておく必要はありません。売り手の希望は、交渉の出発点として掲げてよいものです。相手が見つからなければ、その時点で初めて調整を考えれば足ります。 一方で、希望のまま待ち続けると、引退の時期が遅れたり、業績が落ちて条件が悪くなったりするリスクがあります。対策として、「いつまでに相手が見つからなければ条件を見直すか」を探し始める前に決めておくと、途中で迷いにくくなります。

希望価格を決める前にそろえておく材料

希望価格をどう決めるにしても、次の材料が手元にあると、根拠を説明しやすくなります。

材料何のために使うか
直近数期の決算書利益の推移を示す。買い手が最初に見る資料
時価に直した資産の一覧帳簿の金額と実際の価値の差を把握する(不動産、車両、在庫など)
借入の残高会社ごと譲る場合は買い手が実質的に引き継ぐため、価格に直接影響する
引き継げる契約や許認可取引先との契約、店舗の賃貸借、営業許可など。引き継げないものがあれば価格の前提が変わる

これらは、買い手から必ず聞かれる項目でもあります。先に整理しておけば、希望価格を伝えたあとの説明がぶれません。

利益を「買い手の目線」で整理し直す|役員報酬と個人的な経費

小さな会社では、決算書の利益がそのまま買い手の評価につながるとは限りません。役員報酬の額や個人的な支出の経費計上で、利益の見え方が大きく変わるからです。この見出しでは、売り手が利益を整理し直すときの考え方を説明します。

決算書の利益と「買い手にとっての利益」は違う

オーナー経営の会社では、役員報酬を多めに取って利益を抑えている例もあれば、逆に報酬をほとんど取らずに利益を厚く見せている例もあります。家族への給与、自家用を兼ねた車両費、交際費なども同じです。買い手が知りたいのは「オーナーが抜けた後に、利益がいくら残るか」です。そのため、オーナーの報酬や私的な経費を調整した後の利益を示すと、価格の話が進みやすくなります。こうして調整した利益は、M&Aの実務で「正常収益力」や「実質利益」と呼ばれます。

オーナーが抜けた後に買い手が不安に思うことから整理する

整理の仕方に決まった型はありません。大切なのは、買い手の視点に立って考えることです。

M&Acompassの実務の視点

「これをやれば十分」という整理法はありませんが、買い手の視点に立って整理し直すことを意識すると、交渉はスムーズに進みます。オーナーが抜けた後、自分が買い手だったらどこを不安に思うか、どんな整理が必要になるかを考えながら情報を並べていくと、最低限決めておくべき整理が自ずと見えてきます。

整理の例(架空の例)

架空の例

飲食店を1店舗営む会社のオーナーが、売却に向けて利益を整理し直すとします。

  • 役員報酬の置き換え:オーナーが取っていた報酬を、店長を雇った場合の想定給与に置き換えて利益を計算し直す
  • 家族への給与の仕分け:経理を手伝う配偶者の給与のうち、後任に引き継ぐ仕事の分と、そうでない分を分ける
  • 車両費・交際費の仕分け:自家用を兼ねた車や、事業に関係の薄い交際費を分けて示す
  • オーナーが担う仕事の洗い出し:仕入先との交渉、常連客の対応、シフト作成など、オーナーしかできていない仕事を一覧にする

最後の一覧は利益の計算には直接出ませんが、買い手が「自分が引き継げるか」を判断する材料になります。

良く見せすぎない:調査で分かることは先に出す

注意したいのは、経費を「なかったこと」にして利益を良く見せることです。買い手は契約前にデューデリジェンス(DD、買収前の調査)で帳簿や通帳を確認します。後から発覚すると、価格の問題より先に信頼を失い、交渉そのものが止まりかねません。対策は、調整した項目を根拠(領収書、給与台帳、業務の一覧など)と一緒に正直に示すことです。買い手がどこまで調べるかは、個人M&Aにデューデリジェンス(DD)は必要?種類・費用・期間の解説で買い手側の進め方を確認しておくと、先回りして準備しやすくなります。

希望価格の出し方|高めに出して下げるか、根拠ある価格を最初から出すか

希望価格の出し方には、大きく2つの進め方があります。どちらが正しいというものではなく、売り手が何を優先するかで選び方が変わります。

根拠のある価格を最初から出す進め方

1つ目は、買い手も納得できる合理的な根拠を示したうえで、最初から現実的な価格を出す進め方です。整理し直した利益や純資産の状況など、価格の裏付けを先に示します。

買い手は「なぜこの価格なのか」を検討しやすく、話が進みやすいのが長所です。特に個人の買い手は、使える資金に上限があることが多いものです。根拠が示されない価格は、検討の土台に乗りにくい面があります。

一方で、最初から現実的な価格を出すと、そこから上がることはあまり期待できません。理想に近い条件で成約したい売り手には、物足りなさが残ることもあります。

高めに出して交渉で調整する進め方

2つ目は、希望価格を高め、あるいは理想的な条件で出し、交渉の中で調整していく進め方です。売り手の希望条件や、なるべく理想に近い条件での成約を望むなら、こちらのほうが向いています。

ただし、根拠のない高値のままだと、問い合わせが来ない期間が長引くおそれがあります。対策として、「一定の期間、問い合わせがなければ見直す」という目安を、最初に自分で決めておきます。見直すときは、価格だけでなく、引継ぎ期間や支払いの時期といった条件も含めて調整の余地を考えます。

どちらを選ぶかは「何を優先するか」で決める

進め方向いている売り手長所注意点と対策
①根拠ある価格を最初から出す早く確実に進めたい話が進みやすい価格が上がる余地は小さい。守りたい条件を先に整理しておく
②高めに出して交渉で下げる条件を優先したい理想に近い条件を狙える問い合わせがない期間が長引くことがある。見直す目安を決めておく

M&Acompassの実務の視点

話が進みやすいのは、買い手も納得できる合理的な根拠のある価格を最初から出す進め方です。一方、売り手の希望条件や、なるべく理想に近い条件での成約を望むなら、希望価格を高めに出して交渉で下げる進め方のほうがよいと考えています。どちらが優れているかではなく、「早く確実に進めたいのか」「条件を優先したいのか」という売り手自身の目的で決めることを勧めています。

価格以外の条件の優先順位を先に決めておく

譲渡の条件は価格だけではありません。価格の話に入る前に、ほかの条件も含めて自分の希望を整理しておくと、交渉の場で迷いにくくなります。

価格以外に決めるべき条件の例

小さな会社の譲渡で話題になりやすい条件には、次のようなものがあります。

  • 従業員の雇用の継続(雇用条件を変えないか、どれくらいの期間か)
  • 引継ぎの期間と関わり方(何か月か、週に何日か、報酬の有無)
  • 支払いの時期と方法(一括か分割か、決済日はいつか)
  • 屋号や店名の扱い(残すか、変えてよいか)
  • 取引先や常連客への説明の仕方と時期
  • 売り手が負っている借入の連帯保証の解除

とくに連帯保証は、金融機関との契約です。譲渡契約を結んだだけでは自動的に外れません。保証の扱いや税金への影響は個別の事情で変わるため、早めに金融機関や専門家に相談してください。

優先順位は人それぞれ:自分で3段階に分けて書き出す

どの条件を守るべきかは、一概には言えません。売り手ごとに条件の中身も優先順位も多種多様だからです。だからこそ、交渉の前に売り手自身で優先順位を整理しておくことが大切です。

整理の仕方の例として、条件を3段階に分けて書き出す方法があります。

段階意味例
譲れない条件これが守られないなら譲らない従業員全員の雇用を続ける
できれば守りたい条件交渉の結果によっては譲る店名を残す
価格次第で調整できる条件価格が上がれば譲ってよい引継ぎの期間を長くする

価格を下げてでも守りたい条件があるなら、それを先に買い手に伝えてください。買い手も「この条件を守る代わりに価格はこうしたい」と提案しやすくなります。

決めた条件は契約書に残す

合意した条件は口約束にせず、最終契約に書きます。「雇用は守る」と口頭で聞いただけでは、後で食い違いが起きても確かめようがありません。引継ぎの期間や報酬、支払いの時期なども、具体的な数字で書いてもらいましょう。契約書の種類や、交渉から決済までの流れは、小さな会社・個人事業を売る方法|流れ・相手探し・価格・注意点で説明しています。

参考にした資料